Tag Archives: バカンス

ルール作り上手なフランス – 1

以前、『地図が読める女の絶対年感』で書きましたが、私は地図が好き。 車の運転よりナビが好き。
そして、la dolce vitaな世界を地でいく南ヨーロッパの田舎が好きなので、過去3年、夏は夫と南欧をドライブ旅行というパターンが定着しています。
今回は同窓会があったので、フランス、それも私のブログ・ニックネームでもあるla dolce vitaの世界南ヨーロッパに導いたプロヴァンスに決定。
michelin_map.jpgいつもはその土地のミシュラン・マップ(こんなやつ→)を現地で購入するのですが、今回は結局道路地図を買わずに済んでしまいました。
理由は道路標識があまりにもわかりやすく旅行者に親切な制度が発達しているため。
一昨年のスペイン、去年のイタリアに比べるとフランスの道路標識のわかりやすさは秀逸。
久しく日本で運転していないので、日本との比較はよくわかりません。
またアメリカやカナダではよく運転したけど、ヨーロッパはもっと道路が複雑なので単純比較は無理かと。

Continue reading


"20年前のモルジブ"

“20年前のモルジブ”という謳い文句に釣られて行ってしまった、ラクシャディープ諸島。
Cochinから西へ300km、アラビア海に浮かぶ珊瑚礁の島、モルジブの北にあります(モルジブは独立国だけど、ラクシャディープ諸島はインド領)。
オフィシャルサイト:Union Territory of Lakshadweep
Wikipedia : ラクシャディープ諸島
常々「ありえないくらい綺麗な海」と言われるモルジブに行ってみたいと思っていたものの、高級リゾートしかなく、周り全員ハネムーナーというのはいかがなものか?との理由から未踏の島でした(私、ツーリスティックな場所が嫌いなツーリストなので)。 
「”海だけモルジブ、他は何もない” のならいいところに違いない」との勘は当たり、素晴らしいところでした。
1. 観光客擦れしていない村人
36ある島のうち外国人が泊まれるのは3つ。 私たちはそのうちAgatti Islandという島に泊まりました。 8,000人が住み、その全員がムスリム、産業は漁業。
リゾートは村の生活を刺激しないようにか、島の端にあったため、ほとんどの観光客はリゾートから出ずにマリンスポーツを楽しんで帰るようでした。
着いた日にふらふらと村を散歩していた私たちは(この時点ですでに”珍しいのがきた”、と囲まれる)、村の小学校の先生と名乗る人から翌日(1月26日)はインドの共和国記念日で記念式典があるから来なさい、と招待されました。
招待をありがたく受け取り、翌朝、会場の競技場に向かったところ、1,000人くらいの村人が何やらゲームを見守っていました。 到着した私たちに気づいた2,000の目が集まります。
当然のごとく、司会進行している人からマイクでインタビューされ、盛大な拍手を受け、次のゲームへの参加を要請される私たち・・・
左:多くの子供に取り巻かれる夫(左の方に写っているグリーンのシャツの背の高い白人)
右:観念してSlow Cycle Raceなる「一番ゆっくり自転車をこいだ人が勝つレース」に他の村人と並ぶ夫
A & entourageA & entourage2

Continue reading


インドに学ぶ田舎滞在型ツーリズム

ケララのバックウォーターではホームステイと呼ばれる家族経営の民宿に泊まりました(コチラ↓)。
GK’s Riverview Homestay
George&Diバックウォーター観光でメジャーな街から離れており、村にはこのGeorgeが家族と経営する民宿以外の宿泊施設はなく、本当に何もないところなのですが、4室しかない部屋は常に満室でした。
日本でもグリーン・ツーリズムという名称で農村に滞在し農業実習や地産の郷土料理を通して豊かな自然を体験する試みがあるようなので、インドの成功例としてGeorgeの民宿の事例を分析してみました。
1. 美しい自然、地産の食物、村人との温かい触れ合いを最大限に活かす
村にはスーパーもレストランも娯楽施設も何もなく、あるのは田園風景とゆったりと合間を流れる水路(バックウォーター)とフレンドリーな村人&動物(牛、ヤギ、鶏、リス、その他)。
Georgeの民宿は「のんびりしにきた」というヨーロッパ人がメイン。 みな裏庭のハンモックで読書をしたり近所を散歩したり村人と一緒に(観光用ではなく生活用の)ボートに乗ったり、思い思いの時間を過ごしていました。
部屋はファン(扇風機)があるだけの質素な部屋でしたが、目玉はGeorgeの奥さんが作る家庭料理。 庭で取れるオーガニックベジタブル・フルーツ(下記)をふんだんに使った見たこともないような料理の連続。 単にスパイシー(チリの辛さ)なのではなく、芳醇な香りが漂い、何をどう使えばこういう味になるの?という料理のオンパレードでした。
庭で取れるもの:野菜・果物類(バナナ、ココナッツ、パイナップル、ジャックフルーツ、ぶどう→ワイン・ビネガー作りに使用)、スパイス類(カルダモン、胡椒、シナモン、ターメリック)、カカオ豆→自家製コーヒーに

Continue reading


笑顔の国ケララ

インドの南西に位置するケララでのバカンスから帰国しました。
あたり一面にココナッツの木が生い茂る水と緑の豊かな楽園というイメージで決めたバカンス先でしたが、一般的に信じられているような常識がことごとく、くつがえさせられた場所でした。

常識その1. 都市は田舎よりも豊かである

ケララ観光の目玉であるバックウォーター(無数の河川、水路が広がる水郷地帯、人々の生活水路)にある田舎の村に3泊したのですが、そこでの人々の生活が実に豊かでした。
「豊か」というのは、物質的な豊かさというよりも、次にあげるような皮膚で感じる豊かさです。
mother&daughter– 家族で過ごす時間が長い・・・朝と夕方、集団で登校する子どもの姿をたくさん見ましたが、村には塾も外食するレストランも娯楽施設もなく、近所で働くお父さんが帰ってきたら後の時間は家族一緒に過ごしているのでしょう、実によく家族連れをみました。
– 教育水準が高い・・・識字率ほぼ100%というインドNo.1の教育水準を誇るケララでは田舎でも、英語を話す人がそれなりにいました。
– 域内で食料は自給自足・・・どこにでもココナッツ、バナナの木が生え、水田が広がり、魚も取れる村では、近所の人から買うだけでまかなえる状況。 ケララは1人あたりGDPは約US$1,000と低いのですが、食べるものにはあまり困っていない印象。
– 安全である・・・物騒な場所というのは歩いていても人々の目つきや物売り・乞食の多さでわかりますが、旅行者への身の危険はほとんど感じません。

Continue reading


やっぱり頼りになるのは、日本の食オタク

華僑の国シンガポールの中でもチャイナタウンのド真ん中に住んでいるので、日に日に春節(中国正月)を迎える熱気で騒々しさを増しています。 外へ一歩出るとごった返す人々でまっすぐ歩くのも苦労しています。
私たちも、もうすぐ南インドに逃避するので(『バカンス先の選び方』で書いたように、中国人観光客がいなさそうなのがその理由)、今日もバカンスネタで。
私にとって旅における食は絶対的に重要です。 時間のある時は入念に旅先のレストランの下調べをしますし、どうしても行きたいレストランがあるときは、それを中心に旅程を組み立てたりもします。
ただし、一食あたり1万円以上頻繁にかけられる身分でもないため、味・サービス・雰囲気(ロケーション)とコストのバランスも重要。 「ミシュラン3つ星レストラン制覇」のような旅はしませんし、できません。
以上のような基準で旅先のレストランを選ぶとき、市販の旅行ガイドはあまり役に立たず(理由は『旅先のレストランは絶対外したくないあなたに』参照)、いろいろ試行錯誤してきました。 このエントリーではLUXE CITY GUIDESというガイドブックシリーズをご紹介しましたが、欧米人の嗜好に偏っていることと、たまにやはりツーリスティックな店が混じっているところが難点。
そこで、私が頻繁に使う裏ワザをご紹介します。

Continue reading


多文化の街 マラッカ

だいぶ日が経ってしまいましたが、クリスマス直後に2泊3日でマラッカに行ってきました。
シンガポールからマレー半島をバスで北上すること5時間(そのうち1時間は出入国手続き)、マレーシア最古の街であり、マラッカ海峡の交易で栄え、ポルトガル・オランダが支配したこともある多文化な港町。
2008年7月には世界遺産にも登録されたのですが、あんまりそのアピールは感じられませんでした。
夫の思いつきで旅行3日前に行くことを決めたので予習が足らなかったのですが、「ここ、シンガポールよりマルチカルチュアルかも」というのが第一印象でした。
シンガポールの人口構成は
中国系 75%、マレー系 14%、インド系 9%、その他 3%
なので、多文化といえどもやはり華僑の国だと日々感じています。
ところが、マレー半島を北上するとマレー系の人口がどんどん多くなっていきます(正確には中国系がマレー半島を南下してきたのだが)。
マレー半島先端にあるジョホール・バルはシンガポールと同じく中国系がマジョリティー。 経済的にもシンガポールに組み込まれており、越境通学・通勤する人も多いです。
それがマラッカまで来ると、
マレー系 60%、中国系 30%、その他=ポルトガル系の子孫、インド系など
と、かなり民族バランスが拮抗しているのです。

Continue reading


観光と住みやすさの両立

ちょっと古いThe Economistに微笑ましい記事が載っていました。
The Economist : Joy of the outback
オーストラリア観光局が最近伸び悩む外国人観光客数を増やす起死回生策として、オーストラリア映画史上最高の総製作費1億3000万豪ドル(約126億円)をかけた、その名も『オーストラリア』という映画に望みをかけている、というお話。 主役はオーストラリアが誇る美女・美男俳優のニコール・キッドマンとヒュー・ジャックマン。
オーストラリアは1980年代に『クロコダイル・ダンディー』が大ヒットし、何百万人ものツーリストに結びついたため、あの成功をもう一度、というわけです。

こちら(↓)がその話題作『オーストラリア』の予告編。

Continue reading


北京冬景

北京は冬晴れが続いています。
上海と人口も物価も変わらないのに、言葉の分からない私に明らかに違いがわかるほど、人はのーんびりしています。
何度も「ここは京都?」と思わせる街並みに、焼きいもや甘栗、茹でとうもろこし、といった郷愁を誘う屋台。
友達に借りた自転車で街を走り回ってみました(かなり巨大なので走り回れるサイズではないのですが・・・)。
天安門広場に着くと最初にお出迎えするのは、もちろん故・毛沢東主席。 夏は観光客で溢れかえるのであろう故宮もこの季節は静か。
chairman_maokokyu.JPG

Continue reading


上海雑感

昨日、上海から北京に移動したので上海雑感。
上海で最も印象に残ったのが、新と旧、富と貧、西洋と中国のコントラスト。
10年前には農村地帯だった浦東(Pudong)地区。 現在は金融センターとして続々と高層ビルやホテルが建設中。 一番右のビルが世界2位の高さを誇るShanghai World Financial Center。 
pudong.JPG
黄浦江を挟んだ対岸が、外灘(the Bund)地区。 昼間は建設現場の砂埃がすさまじかったのですが、夜は一転して欧米人やリッチな中国人が最新レストランやバーに夜な夜な集まります。
the_bund.JPG

Continue reading


中国を見ずにアジアを語るな

・・・という内なる声が日に日に大きくなってきたので、来週から上海と北京に行ってきます、プライベートで1週間、ひとり旅。
別に誰に言われた訳でもないし、アジアを語っているつもりもありませんが、華僑の国に住み、周りに中国に行ったことがない人を思いつかないという現在の環境下、「中国本土に行ったことがない」とはなかなか言いにくいものがありました。
もうひとつの理由は、いろいろな旅スタイルを経て、「急激に変わりゆく世界を、しかとこの目で見たい」という「オトナの修学旅行」を求める思いに変わったことでしょうか。
学生バックパッカー時代を経て(→『バックパッカー時代も悪くない』)、社会人になってからは地中海とアジアン・リゾートに現実逃避していた時期もあったのですが、「オトナの修学旅行」に開眼したのが(それまでちっとも興味がなかった)ロシア・モスクワに長期出張していた2004-2005年。
石油バブルで高級車が走り回り、美女しか顔パスできないクラブ(踊る方です、私はコネ入場)では知らない成金オヤジが次々にシャンペンを開ける一方で、(給料の少ない)警察が旅行者を捕まえカツアゲするという(私もカツアゲされた)、貧富の差が急拡大していたモスクワは、経済が急成長する最中に生きる人々の生活やその歪みを間近に見ることができた「あの時代だけのモスクワ」でした。
住みたい街ではないけれど、あの時代にしか見ることができないモスクワを見られたのはラッキーだったと思います。

Continue reading