学校でもMBAでも教えてくれなかったこと

前回の長男がチビ鉄になった記事がハフポストに転載されバズったおかげで、たくさんのおススメや励ましを頂きました。 何とおさがりのプラレールを譲ってくださる人まで現れ(!)、彼の鉄道ライフはとても充実しそうです。 ありがとうございます。

最近ブログの更新が疎かだったのは仕事に没頭しているからなのですが、つくづく「ああ、私は職人気質だったんだ」と思います。 というのも、デザインビジネスはサービス業で人件費が最大のコスト、プロジェクトのフィーが決まっている場合、当初見積もったよりも長く時間がかかれば利益に響きます(デザイン業のビジネスモデルを以前こちらに書いています)。 当然、経営判断的には見積もった時間内に納めるべきなのですが、どうしても「もう少し時間をかければ、いいデザインになる」場合、かけるべき以上の時間をかけてしまうからです。

30代後半で私がようやく気づいたことは、大事なことは「どの業界にいるか」「何をするか」では全くない。 むしろひとりでコツコツやって個人として成長し、技術を熟練させていくことに喜びを感じるのか、他人をサポートして育てていくことにやりがいを感じるのか、大勢の人に影響を与え自分の力の実感を得ることが大事なのか・・・、といったこと。
いや、それよりも好きな場所で好きな人と自由に生きていられるのであれば別に何をしていても幸せと思うタイプの人間なのか・・・(私はそういうタイプです→『「どこ」で「誰」と「どのように」生きるのか』

就職活動の時、「自己分析」ってさせられましたよね? MBAでもMyers-Briggs(MBTI)という性格テストっぽいものをさせられました。 でも小1時間程度で終わる「自己分析」や「性格テスト」で「はい、あなたは◯◯タイプです」って結果が出てすぐに腑に落ちて進路の参考になりましたか?

私に限らず、「自分が何者かわからなかった20代の頃より、自分のことがわかるようになった今(40代、50代)の方が遥かに幸せ」という人は日欧を問わずたくさんいます。 なので、今から書くことは特定の国の、もしくは現代の先進国全体の教育システムの欠陥なのではなく、ただの「年の功」、「年取ればわかる、若い頃はわからなくて当たり前」なのかもしれません。

スティーブ・ジョブスが2005年スタンフォード大学卒業式で行った著名スピーチ、何度も繰り返し聞いたスピーチの一部にこうあります。

I was lucky — I found what I loved to do early in life.
私は、人生の早い段階で好きなことが見つかったので、幸運でした。

この箇所を聴くたびに「ほんと、それはラッキーだよ」と思っていた私。 自分は何が好きで何が向いてないか、なんてやってみないとわからないのです。 何かひとつのことに没頭し夢中になって初めて、「ああ、自分は友達と一緒につくりあげる共同作業そのものが好きなんだな」とか「自分の知的欲求にチャレンジしてくるような課題を解くのが好きなんだな」とかわかるわけです。

私たちが子どもの頃、学校で過ごす膨大な時間の中で、「夢中になってやったこと」を学校の選択科目に活かせたり、大学の学部選びに活かせた経験なんてありましたっけ? センター試験では「いかに間違わないか」が勝負でした。 こちらで書いた通り、教科書と問題集があってマニュアル通りにこなすことは得意だった私は苦手な教科がなかったので「国立大学向き」でした。 京大なんてセンター試験は社会二科目だし・・・ 英語が好きだったので高校では進路「文系」と判断されました(何だ、その英語=文系っていうのは・・・?)。
その後も器用貧乏だった私はどんどん世間的に評価が高い職種、「つぶし」が効く業界に流されていきます。

『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』を観たという記事に書きましたが、映画に出てきたフィンランドに移住したアメリカ人教師の言葉がとても印象に残っているので再度引用します。

アメリカでは子どもたちに常に”あなたは将来何にでもなれるの”と言い続ける。 でもフィンランドの子どもたちはいつも自分の好きなことに集中していて、すでにそれぞれ”何か”を成し遂げているので、”何にでもなれる”なんて言う必要すらないの。

もし、日常的に小さい頃から好きなこと、好きな科目に集中できるような環境だったら、そもそも「自己分析」って必要でしょうか? 苦手科目をなくすことを求められ、朝から晩まで学校や塾など自分の外で決められたスケジュールで埋め尽くされ、日常生活でも皆と同じように一律に行動するように求められていたら、どうやって自分が何が好きで、どういう考え方をする人間で、どのように生きたいと思っているか気づくんでしょうか?

繰り返しますが、「若い頃は自分のことはわからないもの」なのかもしれません。 それでも、子どもが何かに夢中になってやっている時に「そんなことばかりやってないで勉強しなさい!」と言わないで、どれだけ好きなだけやらせてあげられるかが親の胆力の試しどころではないかと自戒を込めて思います。

前回のブログで書いたように、8歳の長男は起きている時間の半分はサッカー、残りの半分は日本の電車のことを考えて生きているようです。 こちらで育つ男の子はこの年齢だと半数近くは「朝から晩までサッカー」なのでこれは理解できます。 親よりも友達の方が大事になってくる年頃で友達との社交がサッカーなのですから。
私が面白いと思うのは鉄道の方。 長男は近所に日本人の友達はいないのでプラレール遊びをする友達はいません。 学校でもおそらく友達には言ってないのではないかと思います、言っても理解されないだろうし。 外からの影響ではなく、本人の内側から心底、路線図と時刻表を基にした鉄道システムが大好きなのです。

なお長男が漢字の勉強が嫌いだったのは「ママが怒るから」だそうです。 「背筋を伸ばして」、「ノートはまっすぐ真ん中に」、「そこきれいにハネて、やり直し」、「書き順が違う、はいやり直し」・・・etc. まあ、そりゃあ嫌いになりますよね。 でも、私はこうやって文字を習ったので、どうしても姿勢が悪かったり書き順が違うと気になってしまうのですが・・・

今は勝手に鉄道漢字ドリルでやっているので書き順もハネ・はらいもかなり怪しいですが、楽しんでやるようになりました。 「越後湯沢」は読めても「越える」は読めないし書けない長男ですが、「学年順にやらなければ」「教科書に沿ってやらなければ」という囲いが取れたことで、親の私もゆったりと構えられるようになりました。

現代の子は忙しく、放課後家に帰ってきてからは親と同じように分刻みでやることをこなしています。 我が子が夢中になって遊んでいるとき、「そんなことしてないで宿題でもしなさい!」と言いたくなる自分をこらえられるか・・・ 何でもいいので「これが好き」という強く自覚を持つような経験を、幼少期から学齢期にかけてたくさん、なるべく邪魔せずにさせてあげられるか・・・

「自己分析=自分を知ること」が大事だっていうのは学校でも習いました。 でも習ったら分析できるのではなく、自分を知るような経験をたくさんしているかどうかが重要だなんて誰も教えてくれなかった気がします。


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