昨日の続き。
2. 複雑な料金体系を瞬時に暗号処理
もうひとつのFeliCaの強みは複雑な料金体系を瞬時に暗号処理できるカードOSでした。 首都圏の電車・地下鉄は相互に複雑に路線乗り入れしており、複数の鉄道会社の乗車料金清算(営団と都営を30分以内に乗り継げば割引清算など)が必要です。 また乗車距離(キロ数)に基づく料金体系に加え、数多くの例外があります(基本は乗車距離によって料金が上がるが、首都圏だけは例えば東京駅から新宿駅へ行くのに中央線に乗っても山手線に乗っても同料金)。 各種割引もあります。 ところが、これはおそらく世界一複雑な料金体系。
ロンドン地下鉄はゾーン制で遥かにシンプルですし、NYやパリ地下鉄に至っては均一料金です。 ここでも日本や他アジア国で評価された強みは欧米ではオーバースペックでした。
3. 顧客の理解力と求めるもの
上記のように世界一ハイエンドな公共交通システムを持つ日本において交通事業者は優秀な技術系学生の就職先でもあります。 2010年にはJR東日本が理系男子学生の就職先人気企業9位にランクインしています(→『大学生が選んだ就職先人気企業ランキング2010』)。 交通事業者が人気就職先ということは欧米各国ではおそらくありえない、多くは政府や自治体が運営するインフラ事業者でさまざまな規制の対象で、JR東日本のようにインハウスで最先端の技術開発ができるような部隊はいません、日本独特のメーカーからの出向もない。
競合に対する技術優位をアピールしていたFeliCaですが(私自身、数限りないプレゼンをしたけど)、顧客候補の交通事業者はほとんど理解してなかったんじゃないかなー? 以前、NHKプロジェクトXで『Suica開発物語』が特集されていましたが、当時のソニー& JR東日本のように技術刷り合わせスタイルは欧米のコンテクストでは全く馴染まないものでした(→この頃の話は『’食わず嫌い’と’食った嫌い’』に)。
逆に彼ら(顧客候補)が求めていたものは、システム提供だけではなく運営まで丸投げできる運営ノウハウだったり、問題が起これば24時間365日飛んでくるメンテ体制だったり、ソニーが全く提供していないものでした。
前述のパナソニックのインタビューにも
日本とヨーロッパが全く異なる常識を背景に考えているため、開発初期においては、一向に話が噛み合わないこともあった。 が、ドイツで雇用した商品マネジャーがドイツ人らしいガンコさで欧州のロジックを貫き通した。
とありますが、今、当時を振り返ってみると、現場に近いところで企画して現場で決断できる体制が必要だったのだと思います(家電と異なり、開発費の桁が違うチップ開発レベルの話なので(しかもカード販売は薄利多売)、そうした方が良かったかというのは別の次元の事業判断)。
最近、「日本企業は海外に活路を求めないとじり貧」という話題が多いですが、いちいち駐在員が日本の本社にお伺いを立てる体制や関連部署の合議制など、日本企業の意思決定プロセスや文化そのものの変革が必要だと感じます。
それでも当事26歳そこそこだった私にこんな経験をさせてくれた当事の上司には本当に感謝していますし、ソニーでのこの経験は後の留学時代やその後に確実につながっていますが、その話はまた別途。
December 8th, 2010 at 2:44 pm
むかーしむかし、日本の典型的な電機メーカーでサラリーマンしていた人間として、大いに共感できます。
あと、電機メーカーで働いていた当時思ったのですが、電機メーカーって「政治力」がとても重要。たとえばFelicaなら欧州各国の鉄道会社とどれくらい一緒にタックル組めるか、エンドユーザー向け製品なら地元の量販店バイヤーとどれくらい親密になって各店舗のいいポジションに自社製品置いてもらえるか、などなど。このへんに目をつけたのが韓国メーカーで、今やフランスの大手ショッピングモール、家電量販店、ハイパーマーケットのゴールデンポイントにはSamsung,LGを見ない店はないというくらいです。日本国内ではこういう体育会系ビジネスモデルが得意な電機メーカーですが、欧州では韓国メーカーに先を取られた感があります。
December 10th, 2010 at 6:17 am
根本的な考え方やベースが全く違って話が通じないことって、海外ビジネスでは意外とよく遭遇する場面ですね。 全く異なる前提条件でお互いが話していたり。
December 12th, 2010 at 12:12 pm
はじめまして。突然コメントさせて頂きます。
安西さんに記事にして頂いた内容にデジャブを感じられたとのこと、我々が周りを見る余裕もなく、試行錯誤しながら失敗を繰り返しながらてやってきたこととは、他でも起きている結構一般的なことに通じていたのか、とあらためて思った次第です。
ご指摘のとおり、チップ開発レベルの話とは異なり、家電の仕様レベルであれば、比較的現場に近いレベルで決定していくことが可能です。とは言うものの、実際には往々にして、すでに開発がかなり進み、コストとスケジュールでギリギリの状態になって、初めてそうした感覚の違いがはっきりと露呈してくることが多く、その時点でどういう判断を下せるのか、というのは会社内でも、本当に市場の声を素直に聞くマインド・度量があるかないか、の試金石になっています。
ご指摘頂いている「日本企業の意思決定プロセスや文化」についても、その真っ只中に身を置いているものとしては、日々思うことが多い、切実なテーマです。ですが、日本企業の意思決定プロセスは、日本の文化や雇用体系、或いは社会の仕組み全体に深く根ざしていると感じますので、アメリカ型や欧州型のプロセスを真似してもいきなりなじむわけでもなく、どうすればよいのか、中間管理職的立場としては悩み多いところであります。
December 12th, 2010 at 9:36 pm
>DODOLELAさん
>このへんに目をつけたのが韓国メーカーで、今やフランスの大手ショッピングモール、家電量販店、ハイパーマーケットのゴールデンポイントにはSamsung,LGを見ない店はないというくらいです。
Samsungは前ちょろっと書いたけど(↓)、大胆だしスピードも気合いも十分だけど、すごーい長時間労働らしいですよ。
http://www.ladolcevita.jp/blog/global/2009/01/samsung.php
http://www.ladolcevita.jp/blog/global/2009/09/-vs.php
「ワークライフバランス」と言い出した日本企業は、本気で体育会系の韓国企業に労働時間でもどんどん差をつけられているそう。
>NSさん
>根本的な考え方やベースが全く違って話が通じないことって、海外ビジネスでは意外とよく遭遇する場面ですね。
こういうこと(↓)もありました・・・
http://www.ladolcevita.jp/blog/global/2009/10/it-is-difficult.php
>santoshさん
コメントありがとうございます。
>我々が周りを見る余裕もなく、試行錯誤しながら失敗を繰り返しながらてやってきたこととは、他でも起きている結構一般的なことに通じていたのか、とあらためて思った次第です。
そうですね、ソニー以外に2社日本企業に勤めていましたが、どこでもありましたね。 おっしゃる通り、試行錯誤するしかないのですが。
>実際には往々にして、すでに開発がかなり進み、コストとスケジュールでギリギリの状態になって、初めてそうした感覚の違いがはっきりと露呈してくることが多く
生々しい話ですが現場は本当にそうなんでしょうね。 (感覚の違いなどを習得する)ラーニングカーブをもっと急にしなければいけないのかな、と思います。
January 5th, 2011 at 6:09 am
明けましておめでとうございます。
今年も当ブログを楽しみに読ませて頂きます。
> いちいち駐在員が日本の本社にお伺いを立てる体制や関連部署の合議制など、日本企業の意思決定プロセスや文化そのものの変革が必要だと感じます。
いやー、まさにその通りっすよね。。
ちなみに、ケータイのガラパゴス化に関しては下記エントリー↓が秀逸でした。
http://satoshi.blogs.com/life/2010/12/garapagos.html
でもって、中島さんが「ガラパゴス化」の生みの親だとか。
January 5th, 2011 at 9:59 am
>まつーらさん
あけましておめでとうございます!
中島さんブログのリンクありがとうございました。 面白かったです!
January 6th, 2011 at 1:33 pm
ここは酷い港町の現代ですね
岡崎哲志・日本の港町研究会『港町の近代:門司・小樽・横浜・函館を読む』 – taronの日記
http://d.hatena.ne.jp/taron/2…
January 8th, 2011 at 5:35 am
TBさせていただいたものです。鉄道の経営史や技術史からも納得のいく話でした。ところで以前から疑問に思っていたのですが、日本の鉄道会社、特に電鉄会社の経営形態って海外では関心が持たれたり研究がなされているのでしょうか。
インフラまで上下一体で維持していることや、公共交通なのになぜか自主採算出来ていること、車両や構造物まで多くのインハウスエンジニアによって共同開発されていること、そしてデパート・ホテル・不動産など幅広い関連産業によって日本の都市形成に大きな役割を持っていることなどです。携帯のキャリアと端末メーカーの関係にも類似した面もあるわけですが
January 11th, 2011 at 9:49 am
>憑かれた大学隠棲さん
>以前から疑問に思っていたのですが、日本の鉄道会社、特に電鉄会社の経営形態って海外では関心が持たれたり研究がなされているのでしょうか。
エントリーにしたので、そちらをご覧ください!
November 1st, 2019 at 3:33 pm
[…] https://blog.ladolcevita.jp/2010/12/08/felica3_-_2/ […]