Category Archives: 4. 教養・知識

伊藤詩織さんと全ての声をあげた人たちへ

私には、3人子どもがいて上から男、男、女である。

それを知った人からは100%、「3人目が女の子でよかったねー」、「男の子2人産んだ後にまだ3人目って勇気あるねー(「この2人でしょ?」と上の2人を見ながらあからさまなニュアンス) もう1人男の子が産まれたらどうしよう?って思わなかった?」と言われる。 
「全員男の子だったらよかったのに、残念!」と言われたことは1回もない。
1回もないのだけれど、実は男でも女でもどっちでもよかった。 男の子3人でも全然よかった、むしろ「3兄弟の母なんて男前っ!」とさえ思っていた。

実際、女の子が産まれてみて、もちろん末っ子である娘は本当に可愛い。 けれど上2人だけだった時には抱いたこともなかった、封印していた記憶が甦ってきた。 メディアでセクハラや性暴力のニュースに接するたびに、ひとつ、またひとつと記憶が甦ってくるのだ。 何年も十数年も忘れていた、と思っていた、当時は誰にも言わなかった、言えなかった、その後封印したので結局誰にも言わなかった記憶が。
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Google翻訳イヤホンが示す二極化する未来

前回の続き。

翻訳イヤホンが出てくる数日前の話です。 きっかけは長男と次男が通う小学校の放課後に行われているクラブの中でスペイン語のクラブが最小催行人数である8人が集まらずキャンセルになったという話。
補足説明をすると、公立小学校ですが放課後のクラブは有料、希望者のみ、定員あり(日本と異なり先生のボランティアではない)。 日本の部活のようにひとつの部に所属するのではなく、それぞれのクラブが決まった曜日・時間に週1回で開催され、毎日さまざまなクラブの選択肢があります。 学校の先生が率いるクラブもあれば外部の習い事業者が学校の敷地内で開催するクラブもあり、部活より習い事に近いイメージ。 学校の敷地内でやってくれるので便利とは言え、決して安くはないので、いくつクラブをやらせるかは家庭によってまちまち。 最小催行人数が集まらなければキャンセルになることもよくあります。

子どものためにスペイン語のクラブを申し込んでいたのに未催行になったギリシャ人のママ友が「イギリス人は他の言語を学ぶのに興味がない」とぷりぷり怒っていた話を夫にしたところでした。 すると夫が「小学校で第二言語が必修じゃないなんておかしい」と熱弁をふるい始めたのです。
夫:「何でオランダ人やスウェーデン人が英語ができると思う? 彼らが特別に賢いからじゃない、小学校で英語が必修だからだ。」
私:「いやー、だってこれからの世界で英語はできなきゃだめでしょ。 でもこの国では英語は母語じゃん。」
夫:「それは外国語を学ぼうとしないイギリス人と同じ言い訳だ。 Brexitが何で起こったと思う? 英語を話せない=自分とは異なるよそ者だ、と思うような人たちが離脱に投票したんだ。」
私:「・・・・・」
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Google翻訳イヤホンが投げかける答えのない問い

先日、Googleが自動翻訳機として使えるイヤホンの販売を発表しました(→‘言語40種、一瞬翻訳イヤホン登場!グーグルから’)。
Googleの機械翻訳がブラウザChromeに実装されたり、日常生活に(Appleの)Siriやら(Amazonの)Alexaが入って御用聞きをしてくれるようなってから数年、こういう方向に世界は進むんだろうな、と思ってはいましたが、想定していたより製品化が速くてビックリ。 来るとわかっていた未来が近づくスピードが速くなっている気がします、自分が年を取っただけかもしませんが・・・

ここ数年の間ずっと悩んできた、でも答えのない問いがまた大きく膨らみ始めました。
それは「我が子にどこまで日本語をやらせるべきか」という問い。

このブログの中でシリーズ化するつもりだったのに、シリーズ化できなかったトピックに「バイリンガルの頭の中」シリーズというのがあります。 長男が2歳8ヵ月の時に書いたこの記事が最初で最後です。 その理由は家庭では二言語(母と日本語、父と英語)、家庭外では一言語(英語)という我が家の子どもたちの環境では完全なバイリンガルは無理だと早々に悟ったからです。 英語と言語的に近いヨーロッパ言語ならいざ知らず、日本語と英語のバイリンガル(会話及び読み書きともに母語並みに操れるレベル)は『日英バイリンガルへの道』で書いたように、私は家庭で日本語(両親ともに日本人で家庭内言語は日本語)、家庭外で英語(初等教育後半から中等教育を英語の現地学校で受けた)と完全に分かれていたケースしか知りません。 そのケースでも日本語のレベルを保ち伸ばすために土曜に日本語補習校に通うなど親子とも並々ならぬ努力をされています。 我が家の子どもたちのように英語のボリュームが圧倒的に多い環境において漢字の使いこなし(新聞が読め、仕事で使える文章が書けるレベル)まで求めるのは、親の努力だけではほぼ無理でしょうし、子どもにとっても親にとっても、それが望ましい時間とエネルギーの使い方なのかは疑問です。

そこで『日英バイリンガルへの道』に書いたように、日本語学習において、「なぜ(WHY)」と「どのレベルまで(WHAT)」が重要になってくるのです。
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MBAを出た後デザイナーになった理由

Facebookで目にしたフォーブスの記事『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか』と東洋経済の記事『世界のエリートが「美意識」を鍛える根本理由』を読んで、「ああ、私がMBAまで取ったのに、6年前クリエイティブ業界に舵を切ったのと同じだだ」と思ったので、今日はそのことを。 上記2つの記事は『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』という本の書評です。

この本は、

いわゆる伝統的なビジネススクールへの出願数が減少傾向にある一方で、アートスクールや美術系大学によるエグゼクティブトレーニングに、多くのグローバル企業が幹部を送り込み始めている実態(*1)

を捉え、

(「論理的・理性的な情報処理スキルの限界」が顕在化している世界において)質の高い意思決定を継続的にするためには、明文化されたルールや法律だけを拠り所にするのではなく、自分なりの「真・善・美」の感覚、つまり「美意識」に照らして判断する態度が必要になってくる

(『イノベーションのジレンマ』で有名なハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・クリステンセン教授が同校卒業生へのアドバイスとして)「人生を評価する自分なりのモノサシを持ちなさい」と述べている(*2)

今、エリートに求められるものは「真・善・美」の感覚、つまり「美意識」であり、「人生を評価する自分なりのモノサシ」だという本。
*1・・・参照 Financial Times: “The art school MBA that promotes creative innovation”, “MBA-toting evangelist for ‘art thinking’ at work”
*2・・・この授業について以前『人生をどうやって測るのか?』で書いており、私の人生の指針にもなっています。

私は2004年にフランスのINSEADというMBAを卒業しています。 INSEADは私がいた頃は世界MBAランキングの10位圏内だった記憶がありますが、2016年、2017年と連続でFTのMBAランキングでトップになったので、日本でも俄かに注目されているそうです(*3)。
*3・・・基本的に私はランキングや統計でキャリアを決めてはいけないと思っています。 判断基準は自分に合っているかどうか、あくまで軸は自分です。参照:『統計を参考に個人のキャリアを決めてはいけない』
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イギリスにJAPANブームがきてる件

「ヨウコ!!! いったい何が起こってるの? 教えて!」
仕事関係の知人、サステイナビリティーの専門家アンに半年ぶりに、最近あるパーティーで再会した時の最初の言葉がこれ。

彼女がその次の言葉を継がなくても何を意味しているのかわかった私。
「私の方こそ教えて欲しいわよ、わからない!」

ちなみに、都議選で都民ファーストが圧勝したのはなぜか、とか九州の豪雨のことについて聞かれたのではない。 彼女と私の共通の話題は唯ひとつ・・・デザイン。

これは、数年前から兆候が見えていたが、今年の春から目立って現れるようになった、デザイン界におけるJAPANブームのことである。

フード業界でのJAPANブームはもはやブームの域を超えて(少なくとも)ロンドンでは定着した。 寿司はサンドイッチと並び手軽に食べるランチのオプションとなりコーヒーショップのチェーン店でもパック寿司が買える。 私の子どもたちが通う小学校で毎年恒例の夏祭りではハンバーガーやホットドックと並んで寿司の路面店が出る。 NYなどアメリカの大都市からはだいぶ遅れてやってきたラーメンブームも定着の兆しを見せており、私たちが来英した7年の間に雨後の筍のようにラーメン店ができた。
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2017年 二都物語

ある地区に2組の家族が住んでいました。 彼らはお互いから徒歩5分のところに住んでいますが、彼らの人生がすれ違うことはありません。

Aファミリーは、両親と2歳から9歳まで4人の子どもの6人家族。 イギリス人の父はアセット・マネジメント会社のパートナー(共同経営者)、オランダ人の母は専業主婦、子どもたち4人は私立の学校や保育園に通っています。 彼らが住む家は4階建てのテラスハウス(220平米)、5ベッドルーム(うち4室はバスルーム付き)、1階はオープンプランのリビング、キッチン、ダイニング、別室で書斎と子ども用プレイルーム、地下にはワインセラーがあります。 最近、全面改装したこの家の資産価値は260万ポンド(日本円約3.7億円)です。

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『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』を観た

本田直之さんがFacebook上で絶賛されていたので、『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』(原題:”Where to Invade Next”、”オフィシャルサイトはこちら)を観ました。 マイケル・ムーアは結構好きで、このブログでもちょこちょこ書いているのですが(*1)、これは完全に見落としていました。
*1・・・『待ってました!『キャピタリズム』』

この映画は自分の国を世界一だと盲目的に信じていて外国のことに興味のないアメリカ人に対して、「いやいや、他の国から学べることがこんなにあるんだよ。 アメリカン・ドリームとか言ってるのはアメリカだけだから」とわかりやすく教えてあげる映画です。 エッセンスは映画評論家の町山智浩さんのまとめ(→こちら

「国が強くなればいい。国が金持ちになればいい。GDPがいちばんになればいい」って思っているけど、そうじゃなくて、「一人ひとりの国民が幸せかどうか」で国の良し悪しは判断されるべきじゃないか?っていう映画

に集約されますが、さらに詳しい内容は町山さんの評論や吉川圭三さんの『人間を幸せにしないアメリカというシステム。〜『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』を観て〜』を読んでください。

で、これは他のムーアの映画と同じくアメリカ人を対象としたドキュメンタリーなのですが、イギリスに住んでいる私にはイギリスへの(そして、ある側面では日本への)アンチテーゼとしても受け取れました。
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どこかで見た地図

Facebook眺めてたら、ふらーっと流れてきたこの地図。

???

この見たことありそうで、なさそうなこれは??? いったい何?
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フロー体験 – 喜びの現象学

大変遅ればせながら明けましておめでとうございます。

年末年始は夫の実家メルボルンで過ごしました。 子ども3人のあり余るエネルギーを何とかしつつ(*1)、普段まとめて時間が取れずに読めないような本を2冊完読できました! 本当はもっと読みたかったけど、さすがに夫婦2人揃って読書に没頭し、子ども3人を義母に任せっぱなしなのも申し訳ない状況になったので2冊であきらめました。
*1・・・子どもが小さい頃は旅行は暖かいところに限ります、いや、ほんと。 参照:『子連れバカンスを劇的にラクにするTips』

そのうち1冊が『Flow: The Psychology of Optimal Experience』(邦訳:『フロー体験 喜びの現象学』)です。 我が家は子どもにスマホもiPadも触らせず、家にはテレビもありません(*2)。 家ではそれが当たり前なのでいいのですが、ドア to ドア30時間以上のロンドン ⇄ メルボルンの旅路は、なかなか大変でした。
*2・・・参照:『Google幹部の子どもが通う学校』『完全ローテク育児 – 1』『- 2』
私がこの方針を貫いているのは、ひと言で言って、子どもに何かひとつのことに没頭できる、集中できる人間になって欲しいからです。 その現象を心理学用語で「フロー体験」と呼ぶことは知っていました。 その原著は未読でずっと気になっていましたが、ようやく読むことができました。 初版が1990年代でもはや古典の領域ですが、スマホやタブレットなどテクノロジーによる絶え間ない中断が入る現代にこそ読むべき名著でした。
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ポスト大統領選のサバイバルガイド

11月9日の朝、起きて目にした光景は本当に6月24日を再生しているかのようでした。
大外れだった事前予想も、不安が悲鳴に変わっていくFBフィードも、確定後に起きた、訳知り顔の評論家の解説も、若者たちの反トランプデモも、米各地で起きたヘイトクライムも・・・

BBCで”US Election 2016: A survivor’s guide to unexpected voting results”(2016年米大統領選:予期しなかった選挙結果に対する生存者のガイド)という記事がありました。 今回の選挙結果に大変ショックを受けているアメリカの市民に対し6月の英国でのEU残留・離脱を問う国民投票の結果に同様にショックを受けた先人(survivor)からアドバイスする、という内容です。
その中で、予期せぬ選挙結果から受けるショックとそのショックから立ち直るプロセスに、身近な人の死の”grieving process”(喪失による悲嘆のプロセス)が例えとして使われていますが、私もBrexitでは同じような喪失感を感じました。 自分が住む慣れ親しんだ場所 ー 自由で進歩的で多様性があって寛容で未来志向で外に開いた場所 ー と信じていた場所が、自分の周りの小さな世界だけで、自分の狭いサークルから外に出るとそうではない、という事実を知ることは、自分が信じていたその国の価値観(*1)を根底から疑わせるものであり、人によっては自分がその国をホームと呼ぶことに決めた自分自身の決断の是非まで疑わせるものです。
*1・・・参照:『国の価値観と個人の価値観』

悲嘆のプロセスは次の5段階を経ると言われています。
1. 拒絶:こんなことが起こるなんてあり得ない
2. 怒り:どうしてこんなことが起こったんだ? いったい誰のせいなんだ?
3. 交渉:なかったことにしてほしい、そうしてくれればXXするのに。
4. 鬱:悲しすぎて何も手につかない
5. 受容:起こったことを受け入れられる
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