「ヨウコ!!! いったい何が起こってるの? 教えて!」
仕事関係の知人、サステイナビリティーの専門家アンに半年ぶりに、最近あるパーティーで再会した時の最初の言葉がこれ。
彼女がその次の言葉を継がなくても何を意味しているのかわかった私。
「私の方こそ教えて欲しいわよ、わからない!」
ちなみに、都議選で都民ファーストが圧勝したのはなぜか、とか九州の豪雨のことについて聞かれたのではない。 彼女と私の共通の話題は唯ひとつ・・・デザイン。
これは、数年前から兆候が見えていたが、今年の春から目立って現れるようになった、デザイン界におけるJAPANブームのことである。
フード業界でのJAPANブームはもはやブームの域を超えて(少なくとも)ロンドンでは定着した。 寿司はサンドイッチと並び手軽に食べるランチのオプションとなりコーヒーショップのチェーン店でもパック寿司が買える。 私の子どもたちが通う小学校で毎年恒例の夏祭りではハンバーガーやホットドックと並んで寿司の路面店が出る。 NYなどアメリカの大都市からはだいぶ遅れてやってきたラーメンブームも定着の兆しを見せており、私たちが来英した7年の間に雨後の筍のようにラーメン店ができた。
デザイン・アート界におけるJAPANブームも新しいものではない。 ゴッホやモネが浮世絵に魅了され模写したのは19世紀後半のことである。 その後も何度もジャポニズムは興隆し、アーツ&クラフツの中心人物であるCharles Rennie Mackintoshが日本の格子柄にインスピレーションを受けて椅子を制作したのが1902年。 モダニズムの巨匠フランク・ロイドが、世界で最も有名な(かもしれない)住宅「落水荘」を建てたのが1936年(*1)。
*1・・・参照『技術やアイデア単体に価値はない』
戦後も日本の建築家は世界から賞賛されてきたし(安藤忠雄の代表作『光の教会』は世界で最も有名な現代建築のひとつ)、1990年代には「ミニマリズム」がファッションでもインテリアでもブームとなり、ZENという言葉が広まった。
おそらく世界で最も有名なインテリアデザイナーのひとりであり、MBEという大英帝国勲章(*2)を授けられたKelly Hoppen(*3)は”East Meets West”(東西の融合)というコンセプトでこのミニマリズムブームに乗り、今の地位を築き上げた(イギリスでは、インテリアデザイナーは建築家と並び、勲章を授けられるほど認められた職業なのです)。
*2・・・Wikipedia: 大英帝国勲章
*3・・・参照:『始まりの季節、秋』
その後、ミニマリズムからの揺り戻しがあったが、2013年に藤本壮介がハイドパークと隣接するケンジントン・ガーデンのサーペンタイン・ギャラリーに夏限定のパビリオンを建設(*4)し、去年のミラノ・サローネはnendoが席巻していた。
*4・・・サーペンタイン・ギャラリー主催の夏限定パビリオンは毎年最も旬な建築家を招いて行われるロンドン・デザイン界の夏の風物詩。
日本の建築家やプロダクト・デザイナーの存在感はデザイン界ではずっと高かったのだが、ここに来てマスマーケット向けのメディアが取り上げ出した。
まず、BBCがすごい。
マスマーケット向けのBBC2が4月に1時間に渡って日本の桜前線と花見の習慣を放送(→BBC2: Springwatch in Japan: Cherry Blossom Time)。
高齢富裕層を対象にしアート・カルチャーのトピックが多いBBC4では現在“The Art of Japanese Life”(日本式生活のアート)と題し、毎週1時間のシリーズで放送している(下記リンクからYouTubeビデオが観られます)。
第1回 “Nature”、第2回 “Cities”、第3回 “Home”
桜前線の方は大して見る価値はないけど、”The Art of Japanese Life”の方は素晴らしい。 James Foxという美術史の専門家が紹介する日本の美は美しくてストーリー性に溢れていて新鮮。 これを見て思わず雪舟の水墨画(のレプリカ)が欲しくなり、ググってしまった。
そして同じくBBC4で30分のシリーズで放送中なのが“Handmade in Japan”(ハンドメイド・イン・ジャパン)。 毎回、ひとつの日本の伝統工芸品を選び、工程を丁寧に美しい映像で描いている(下記リンクはYouTube、イギリス在住者はBBC iPlayerからも観られる)。
第1回 “Samurai Sword”、第2回 “Kimono”
ブームはテレビだけに留まらない。 イギリスでは大きな潮流・トレンドを巻き起こし根付かせるのに欠かせないのが、美術館・博物館の特別展。 美術館・博物館は単に古い物を展示するだけでなく、時代の一歩先を見据え、特定のテーマを深堀りし再解釈・再構築して訪問客に新たな視点を提示するものすごいメディアなのだが(*5)、イギリスの代表的な博物館である大英博物館が大『北斎展』を開催中。 北斎の生涯の作品がこれほど一カ所に集められたのは前代未聞らしく、連日完売。 当日券は買えず、前売り券も私が行ける時間帯は8月まで買えなかった(!)。
*5・・・参照:『クリエイティブ教育のための博物館』、『Tiger Mum on a Budget』、『子供の創造性を育む仕掛け』
大人気の北斎展に合わせて、BBC4でも北斎のドキュメンタリー(“Hokusai: Old Man Crazy to Paint”)を放送。 北斎がいかに稀代の画家であったか伺える作品。
そしてバービカン・センターで行われた特別展“The Japanese House: Architecture and Life after 1945”。 日本の戦後の建築に焦点を当てた展示はおそらくイギリスではこれが初めて。 数年前のジェフェリー・ミュージアムであったのが民俗学者が見た「普通の日本の家」(*6)だったのに対し、このバービカンの展示は戦後のそれぞれの時代の気鋭の建築家たちが、時代の要請にどのような建築で答えてきたか、を示したものだった。
*6・・・参照:『モノが溢れる日本の家(?)』
そしてマスマーケット向けの月刊誌。
例えば、ファッションの世界ではパリコレなどのコレクションで新しいトレンドが最も濃縮された表現で現れる。 それをVOGUEを頂点とするglossy magazine(光沢紙を用いた高級雑誌)が即座に取り上げ、ZARAなど一般人が買うファッションブランドが、トレンド色を薄めて手が出やすいデザインにまとめて店頭へ。
同じことが、インテリアでも言える(ヨーロッパでの一般人のインテリアに対する情熱は、日本人の食に対する情熱並みに高い)。 ミラノサローネなどの展示会で現れたトレンドを即座に取り上げるのが、ELLE DECO(エルデコ)などのglossy magazine。
このファッションのVOGUEにあたる、インテリアのELLE DECO(イギリスではElle Decoration)は年2回トレンドをフィーチャーしたトレンド特集を組むが、今回のトレンド特集で最も大きいトレンドとして取り上げていたのが・・・”Japanese Style”!!!
簡単に買い替え可能なファッションと異なり、シーズンごとに買い替えることができず、よりライフスタイルに密着したインテリアで、”日本”というテーマが例えば近年の”インダストリアル”や”シャビーシック”のような大ブームになることは考えにくいが、それでも一般人が買うブランドにもブームが現れている。
例えば、壁紙やタイルのブランドFired Earth、ちょっとお洒落な地区の駅前商店街にある一般向けブランドだが(イギリスでは基本的に住宅はオーダーメイドなので工務店経由ではなく、個人がタイルや壁紙・ペンキ屋、ホームセンターなどに行って買う、*7)、”Kyoto”(京都)、“Nara”(奈良)という図柄の壁紙を今シーズンの新作として出してきた。 右は”Nara”(奈良)の”Summer”(夏)という色柄。 確かにセッティングも言われてみれば日本っぽい。
*7・・・参照:『日英リノベーション業界比較』
というわけで、十数回目(?)のJAPANブームが来ている。
冒頭のアンからは「これはオリンピックに向けて、盛り上がってるのが理由なの?」と聞かれたが、Elle Decoration編集長の「政治的に不安定な時代への反応としてシンプルでエレガントなものが求められている」という解釈の方が正しい気がする。
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