ロンドンも格段に日が長くなり、ようやく待ちこがれた春がやってきました。
以前、『「イギリス天気が悪い」をデータで見る』で書きましたが、ロンドンにはざっくり言って「からっと気持ちよくて日が長い季節」と「暗くて雨ばかり降る季節」の2種類の天気しかありません。
「めちゃくちゃ気持ちいい、サイコー」か「めちゃくちゃ暗くて惨め」の2種類しかないので、1年の中で大幅にアクティビティーも性格も変わります。 我が家は前者の休日はひたすら外で遊び、後者の休日は博物館に行くことが多いです。
今年の博物館遊びの季節も終わりに差し掛かっているので、親として、クリエイターの端くれとして、学んだことをまとめておきます。
イギリス政府は知識経済の移行と共に90年代から創造性を高める政策を打ち出しており、クリエイティブ産業はイギリス経済を支える屋台骨に成長しています(→『クリエイティブ産業が支える英国経済』)。 一朝一夕で育まれるものではない「創造性」、幼少期に重要な学習現場となっているのが美術館・博物館を含む「体験の場」です。 美術館・博物館については以前『クリエイティブ教育のための博物館』、『Tiger Mum on a Budget』というエントリーを書いたのでそちらもどうぞ。
これら子どもの体験の場で提供されるさまざまなプログラムには、以下の重要な共通点があります。
1. 直接体験、本物を使った体験であること
2. その分野の一線のプロ・専門家が行うこと
3. 無料(もしくは小額)で誰でも参加できること
4. 興味や好奇心を刺激することが目的であること
1. 直接体験、本物を使った体験であること
ロンドンなので重要文化財や重要建築物の類いは溢れています。 それを子どもだからと言ってモデル(模型)や映像を見せたり、ロープで区切って近寄れないようにするのではなく、本物を使い、(可能な限り)近くまで寄って観察できるようになっています。 触れるようになっているものも多いです。
つまり日本のように、国の重要文化財が全国の神社・仏閣に散らばり、その多くが非公開で幼児はおろか一般の大人でさえほぼ目にする機会がないのと異なり、「重要な物ほど見せ惜しみしない」というポリシーが貫かれています。
2. その分野の一線のプロ・専門家が行うこと
子どもを対象としたプログラムを行うのはその分野の一線のプロ(芸術家・建築家・研究者など)で、そのために雇われたアルバイトではありません。 彼らが日々行っている研究・仕事・活動は一般の人の理解やサポートによって成り立っていることを理解しており、子どもたちはその分野の発展を支える次世代です。
プログラムの内容によりますが年数回なので、むしろ楽しんでやっている人が多いように見えますし、質疑応答は自由で子どもたちのプロへの質問はいつも活発です。
3. 無料(もしくは小額)で誰でも参加できること
上記1. 2.はお金をかければできると思いますが、誰でも参加できるように無料・もしくは小額なのがすごいところです。 子どもの数が多い我が家は毎週末ロンドンのどこかでやっている無料プログラムには本当に助かっています。
費用は主催団体や美術館・博物館への寄付や会員料金などで賄われていますが、不況時には政府の芸術方面への補助金がカットされるので、資金集めが大変であることは想像に難くありません。
4. 興味や好奇心を刺激することが目的であること
日本の体験プログラムでありがちな「指示にそってあらかじめ決められたプロセスで作業をする」ことがほとんどありません。 以下に例をあげますが、体験の内容は子どもたちの興味や好奇心を刺激してオリジナリティーを発揮できるようになっており、飽きた子の途中退出も自由です。
私たちが過去1年に参加したイベント・プログラムの例をあげます。
– The National Gallery
西洋絵画を数千点所蔵する入場者数世界第3位の美術館。 年間を通して各種ファミリー・子供向けイベントを開催しています。
私たちが行ったのは日曜に開催されている2時間の無料プログラム。 この日のテーマは「Figuring Form(形づくる)」ということで、まずルカ・ジョルダーノ「フィネウスとその一味を打ち倒すペルセウス」の絵を見に行きます。 有名なギリシャ神話の一シーン、ペルセウスの持ったメデューサの首の魔力によってフィネウスとその一味がみるみる石になっていくところを描いている大作。
「このお話を知っている? どんなお話?」「誰が悪いやつとして描かれているか? それはどんなところからわかる?」「どこが石になっている? どうやってわかる?」など館員と参加した子供たちとの間で絵の観察を行った後、軽く鉛筆でペルセウスの体勢、動きをスケッチ。 「筋肉の動きや英雄のダイナミックさを描くように」とのコメント。 その後、別の部屋に移動して、自分で描いた
スケッチを見ながら、針金や紙・石膏を用いてペルセウスの模型をつくります。
ここからは自由。 館員のアドバイス「どういう風に針金を曲げるとメデューサを掲げている手を表現できる?」「ペルセウスの太腿はどうやって表現しよう?」など聞きながら自由に制作して自由解散。 これ全部無料でした。
– Grant Museum of Zoology
UCL(ロンドン大学)に附属する動物学の博物館。 館名になっているグラント動物学博士は若きダーウィン(そう、『種の起源』のダーウィン)を教えていたそうです。 このマニアックな博物館は動物学の研究資料として集められた骨格や標本が6万8千点。 重さ30kgある象の心臓のホルマリン漬けとか絶滅した鳥類ドードーの骨格標本とか種々動物の脳とか、とにかく奇妙でグロテスクな標本が並ぶ現役の研究室です。
私たちが行ったのは「Explore Zoology(動物学を探検しよう)」というファミリー向けオープンデー。 さまざまな動物の頭蓋骨やら骨標本に触りながら現役のPhD研究生が何でも質問に答えてくれるというもの。 頭蓋骨と動物の写真をマッチさせるゲームなど小さな子でも楽しめる工夫がされています。
鮫の歯、象の牙などの実物に触って大喜びでした。 人間の頭蓋骨も触れます。
– RIBA(Royal Institute of British Architects)
RIBA(王立英国建築家協会)という建築家の業界団体が主催するファミリーデーに行ってきました。 イギリスでは美術館や博物館だけではなく職能団体も職能教育の一貫として一般向けに数々のツアーやイベントを行っています。
会場にはアイデアやオリジナリティーを試す数々のアクティビティーが用意されていました。
色紙・カラーペン・はさみ・糸・再生用紙・スパンコール・カラー針金などの入った段ボール箱に「あなたは無人島で置き去りにされてしまいました。無人島に町をつくってください」という指示書き。 紙コップ・ストローなどの工作の材料を使ってボートをつくり、ビニールプールで人為的につくり出される洪水に耐えたボートが勝ちというゲーム。 段ボールを使って立方体をたくさんつくり、それをできるだけ高く積み上げるゲーム、などなど。
そして会場にいるのは現役の建築家です。 「どうすれば構造的に強くなる?」「一から街をつくれるとすればどんな街にしたい?」など話し合いながら子供たちは自由につくっていきます。
うちの長男はMeccanoという金属製プレート・ボルトとナットで組み立てるおもちゃで「一番強い橋をつくりなさい」という「Meccano bridge building challenge」にはまってしまい、飲まず食わずで橋をつくること2時間半・・・
対象年齢が7歳以上だったので少し難しかったのですが、「上からのプレッシャーに構造的に強くすればどうすればいいのか?」と6歳の頭で必死に考えながら、黙々とボルトとナットで組み立てていました。 完成したら、台の上で分銅を乗せながらどこまでの重さに耐えられるか測ってもらえるという本格派。
一日遊んで全部無料。 使いたい放題のMeccanoのおもちゃを提供したのはMeccano愛好者クラブだったようです。 去年はLEGOだったとか。
美術館・博物館など公共団体から民間の団体まで、とにかく幅が広くてそして深いなーと思います。 もちろん有料のものやビジネスとしての子ども向けイベントやプログラムはいくらでもありますが、探せばいくらでも無料のものがあります。 創造性を育む仕掛けを毎日の生活の中に散りばめることが、イノベーションを起こせる人材を育み、国の競争力につながることが土台として認識されていることを感じます。
友人の浅見実花さん著『子どもはイギリスで育てたい!』によると、人口あたりのノーベル賞受賞者数はイギリスは世界一だそうです。
June 28th, 2016 at 12:03 pm
こんにちは、ブログ拝見しております日本在住のマリと申します。いつも興味深く拝見しています。
NYU卒業後に邦銀、外資金融、出産育児しながら起業してジュエリー会社を経営5年目です。
わたし実はロンドンに3月に娘と2人で旅行に行きまして、まさか同じプログラムに参加していました。そしてクローデン葉子さんと隣にいたと思います。帰国してブログ拝見したら、娘が参加したプログラムの写真と酷似していたのでよく見たら娘が左下に少しだけ映っていました。ご縁を感じずにはいられません。お話をしたかったです。宜しければご連絡ください♡