昨日、上海から北京に移動したので上海雑感。
上海で最も印象に残ったのが、新と旧、富と貧、西洋と中国のコントラスト。
10年前には農村地帯だった浦東(Pudong)地区。 現在は金融センターとして続々と高層ビルやホテルが建設中。 一番右のビルが世界2位の高さを誇るShanghai World Financial Center。

黄浦江を挟んだ対岸が、外灘(the Bund)地区。 昼間は建設現場の砂埃がすさまじかったのですが、夜は一転して欧米人やリッチな中国人が最新レストランやバーに夜な夜な集まります。

上海雑感
上海恋愛マーケット分析
あまりにもよく聞く話なので、まとめることにしました。
情報ソースは昨日も触れた以下のカテゴリーに属する友人たちです。
- 中国にチャンスを見出して移住し、自分でビジネスをしている欧米人
- 幼少期に香港・台湾から家族ともども北米・オーストラリアに移住し、欧米で教育・キャリアを積んだ後、過去5年以内に上海・北京に移ってきた(香港・台湾出身)中国人
以下の現象はアジアでは程度の差こそあれ、ある程度存在する現実だと思いますが、上海はかなり極端なケースなのかな、と思います。
私の友人たちによると上海の恋愛マーケットには明らかな恋愛格差があり、上海に住む中国人女性の間では男性は以下のようにランキングされるそう。
- 香港人、台湾人(中国語を話し、香港・台湾のパスポートを所持し、国際的であるため)
- 外国パスポートを持つ中国人returnees(帰国子女の意味だが、外国パスポートを持つくらいなので海外在住経験が長いのが特徴)
- 多国籍企業駐在員などリッチな外国人(中国語は話せないし文化的にも異なるが、外国パスポートとお金を持っている)
- 外国パスポートを持たないリッチな中国人
- 貧乏外国人(英語の先生など)
- 上海出身中国人
- その他中国人
華僑の移住モデル
先週の予告通り、一昨日から上海にいます。
全体的な感想は旅が終わってからにするとして、今回の旅で再会した友人たちの話を。
私は上海・北京に多くの友人(ほぼ全員INSEAD同級生)がいますが、大きく2つのグループに分かれます。
- 中国にチャンスを見出して移住し、自分でビジネスをしている欧米人(→『果たしてヤジ馬なのか歴史の証人なのか』で書いたような人たち)
- 幼少期に香港・台湾から家族ともども北米・オーストラリアに移住し、欧米で教育・キャリアを積んだ後、過去5年以内に上海・北京に移ってきた(香港・台湾出身)中国人
上記2.に属する友人の家族の歴史は華僑の移住の歴史。
祖父母世代、親世代、本人世代、それぞれ時代によって理由は異なりますが、移住を繰り返しています。 迫害を逃れるためなど必要に迫られたものだったり、子供のより良い教育機会を求めるためなどopportunistic(機に乗じた)だったり、その時々でのベストな判断だったのでしょうが、とにかくそのたくましさと軽やかさは何度聞いても感動を覚えます。
セクシー主婦と王子シェフ
一足早いクリスマスプレゼントとして夫の妹が『Nigella Christmas: Food, Family, Friends, Festivities』というクリスマス料理のレシピ本をプレゼントしてくれました。 私たちがクリスマスプディングを作ったのを聞きつけて、「この本でクリスマスディナーを作ってね」とのこと。 ところが、我が家にはオーブンがない・・・のでクリスマス当日に友達のアパートに押し掛けて使わせてもらうことに。 独身男性なので「オーブンは使ったこともない、ちゃんと動くかどうかもわからない」ということなので、どうなることやら?
このレシピ本著者であるイギリス人料理研究家のNigella Lawson。 私は料理レシピ本大好きで本屋でもよく覗くので何度も写真は見たことがあったのですが、ずっとお色気系だと思っていました。
だって、彼女のwebsiteのトップページが(←)コレだし、レシピ本でも写真がやたらとセンシュアル(sensual)で、材料を手でこねているところのアップ、とか、ねっとりと絡まるチョコレート、とかそんなんばっかりなんだもの。
ところが、良家の出身(お父さんはメイジャー首相時代の大蔵大臣)でオックスフォード大卒のジャーナリストと意外と知性派なのでした。 ご主人が広告業界の大物と話題性も十分。
二重言語をどう活かすか
『日本語が亡びるとき – 英語の世紀の中で』を読んで感じた3点目。
3. 二重言語をどう活かすか
たまに、「今回の金融恐慌で米国型資本主義は凋落した、アメリカの時代は終わりだ」的な論調が目につくのですが、アメリカという国の運命と英語の世紀が続くことの間にすでにあまり相関関係はないと思います。 英語が「普遍語」になって使われ出した時点で、すでに英語を母語とする国の手を(完全にではなくとも)離れてしまった言語ではないかと。
世界で英語を話す人口が一番多い国がインドであることは以前こちらに書きましたが、10年後には中国になると言われています(→YouTube : Did You Know 2.0)。
もちろんすべてが数の論理ではないのですが、これからは彼らが話す英語を理解することも必要になると思うことは『これからの時代の伝わる英語』に書きました。
そして、こんな時代になってしまって実は気の毒なのは英語を母語として生まれた人たちだと思っている私。
『Native English Speakerの危機』に書いたように、ヨーロッパではすでにだいぶ前から、そしてアジアでも英語 + α(多くの場合、対象となる市場の現地語)のマルチリンガルであることを求人で求められるようになっており(当然、文化的背景がわかるということ込み)、英語しか話せないmonolingual(単一言語)な人は、言語ではない他のスキル・経験で圧倒的な競争優位を持つことを求められます。
悪循環はすでに始まっているかもしれない
『日本語が亡びるとき – 英語の世紀の中で』を読んで考えた点、2点目。
2. 悪循環はすでに始まっているかもしれない
本の中で以下のようなくだりがありました。
(「読まれる言葉」としての言語が亡びる、という)悪循環がほんとうにはじまるのは、<叡智を求める人>が<国語>で書かなくなるときではなく、<国語>を読まなくなるときからである。<叡智を求める人>ほど<普遍語>に惹かれてゆくとすれば、たとえ<普遍語>をかけない人でも、<叡智を求める人>ほど<普遍語>を読もうとするようになる。
世界には、複数の国で国語として使われている言語があり(例えば英語)、そのような国では自国メディアよりもレベルの高い他国メディアを日常的に読む/観る、というのは以前から当たり前でした。 例えば、私の夫はInternational Herald Tribune(米)、The New Yorker(米)、The Economist(英)を日常的に読み、BBC(英)を観ますが、オーストラリアのメディアはほとんど読まないし観ません。
端から見ていて、十分愛国心はある方だと思いますが、「質を求めた自然な選択」なんだそうです。
そして、今この現象が英語と母語の二ヵ国語(以上)を解する人々の間で起っています。
国土が広く多くの現地語が存在するインドではヒンドゥー語を母語とする人とベンガル語を母語とする人が出会うと共通言語は英語です(つい最近までヒンドゥー語だと思っていました)。 結果、インド国内でも現地語ではなく英語で本を出版するケースが増えているのだそう、現地語で出版すると同じインド人(ただし母語が違う)にさえ読んでもらえないのだから当然といえば当然の選択。
英語のひとり勝ち
梅田望夫さんのブログで絶賛されていた『日本語が亡びるとき – 英語の世紀の中で』がようやくシンガポール紀伊国屋に届いていたので読みました。
キャッチーなタイトルから連想される予想とは裏腹に著者の主張は「日本文学を守ろう」なのですが、日本文学をまともに読んだこともない私はこの主張に対するコメントはあまりないので、本書の別の箇所に関する考察を行います。
著者の水村さんによる言語の分類は以下の通り。
現地語:ある地域で日常使われている言葉。 その土地の人々の母語の体系。 いずれ文字を獲得するとしても、基本は話し言葉。
普遍語:聖典など普遍的な叡智(えいち)を伝える、文字による言葉。 中世までのヨーロッパでは古典文学や聖書を読むためにギリシャ語とラテン語を習い、アジアでは漢語を用い、人々は叡智を共有した。
国語:グーテンベルグの印刷革命により普遍語の書物が普及し、叡智を求めるものは普遍語を現地語に翻訳し、話し言葉でしかなかった現地語が書き言葉として整備される。 小国が乱立していた地域がある程度まで統一され、域内の言語が一つにまとまり、国民国家が成立する過程で、「現地語」が「国語」に昇格した。
そして、20世紀にアメリカの繁栄の時代が到来し、資本主義の下、物・金・人が自由に世界を動くようになり、20世紀末期に起ったインターネット革命で情報が瞬時に世界中に伝わる時代になった現代、英語が急速に「普遍語」としての地位を固めている、という現状認識には全く同感です。
ここからは、私が日々考えていたことに、この本が示唆を与えてくれた点です。
オフ会@シンガポールのご報告
昨日、以前告知していたブログのオフ会をシンガポールの和食レストランSUN@Centralにて開催しました(写真を撮ろうと思っていたのに、カメラを忘れてしまった)。
シンガポールというほとんどのブログ読者の方を無視した場所設定だったので、「最小遂行人員2名」で本当に2名だったりして・・・、と思っていたのですが、7名の方に参加頂きました。 みなさん、ご参加ありがとうございました。
オフ会というものに参加したこともないのに開催してみたのですが、全員初対面なのにあまり違和感がなくて不思議な感じでしたねー
以下、私の感想です。 参加された方、もしよろしければ感想を書き込んでください。
1. 似たような人が集まる
今日さっそく昨日の参加者の1人から「ブログの主催者と同じような方が集まるのですね」という感想を頂きましたが、ほんと、関西人、留学経験者、MBAホルダーばかりでした。
想像するに、共感できるところがないとブログを読み続けるのが苦しくなるからではないでしょうか? 特にこのブログは文字が多いし。
「京のおばんざいレシピ」復活!
3週間ほど前、本ブログと共に不運にも全消滅したブログ『京のおばんざいレシピ』ですが(経緯はコチラ)、やはりオンラインでないと不便なことや、意外にも元々の読者でない方からもリクエスト頂いたこともあり、ほそぼそとこちらのサイトで復活させております。 合計700レシピ近くあったため、まだ7分の1ほどですが、時間を見つけたら復活させていきますので、レシピ検索にご活用ください。
『京のおばんざいレシピ』ブログを2006年1月に始めた経緯はおばんざいブログの初回にも書いていますが、自分の味のルーツである京都、広くは関西(*1)のおかずを手軽に毎日ちゃちゃっと2,3品作れるようになるための自分のためのトレーニングブログです。
*1:母が生まれも育ちも京都なので実家はとても薄味
『緊急じゃないけど大切なこと – 1』というエントリーを以前書きましたが、毎日の「食」は「緊急じゃないけど大切なこと」の筆頭。 毎日料理する習慣を自分に義務付けるためにレシピブログを始めました。
また市販のレシピ本は料理人によって味にバラつきがあり、私の口に合わないものも多かったため、オンラインに自分好みの味付けのレシピをまとめれば後々便利だな、という思いもありました。
絶滅寸前? 駐在員手当
『グローバル富裕層争奪戦』に「シンガポールの人口4.6mil.人中、外国人は22%を占め、1mil.人。」と書きましたが、当然の結果として労働人口に占める外国人の比率も高いです(下、社会実情データ図録「諸外国の外国人労働者」より)。

諸外国と比較してもズバ抜けて高い。
そして日本では、「外国人労働者」というと「日本人がやりたがらない3Kの仕事に従事」というイメージですが、シンガポールでは(データはないものの)外国人のうちかなりの人数が高学歴・高度スキル人材です。
身近な職場でのチーム員の国籍はこんな様子。 一応、マネジメントから順に並べてみました。
- 夫が勤める英系戦略コンサル:インド人、イギリス人、オーストラリア人(夫)、スウェーデン人、中国人
- 私が最近一緒に仕事をした米系VC:オーストリア人(米国グリーンカード保持者)、イラン系アメリカ人、ロシア人
- 友人が勤める米系戦略コンサル:シンガポール人、ドイツ人、フランス人、インド系アメリカ人
上記すべて欧米系のプロフェッショナル・ファームですが、ここに出てきた人全員(20 – 40代)、駐在員ではありません。 現地就職ではなく母国・第三国などから社内異動で移ってきた人も多いのですが、駐在員手当というものはありません(会社によっては引っ越し代が支給されたりする程度)。 グローバル一律の給与体系なので「現地給与」というものもなく、「(シンガポールは母国より個人所得税が低いので)手取りは逆に多くなった」、と喜んでいる人も多い。