二重言語をどう活かすか

『日本語が亡びるとき – 英語の世紀の中で』を読んで感じた3点目。
3. 二重言語をどう活かすか
たまに、「今回の金融恐慌で米国型資本主義は凋落した、アメリカの時代は終わりだ」的な論調が目につくのですが、アメリカという国の運命と英語の世紀が続くことの間にすでにあまり相関関係はないと思います。 英語が「普遍語」になって使われ出した時点で、すでに英語を母語とする国の手を(完全にではなくとも)離れてしまった言語ではないかと。
世界で英語を話す人口が一番多い国がインドであることは以前こちらに書きましたが、10年後には中国になると言われています(→YouTube : Did You Know 2.0)。
もちろんすべてが数の論理ではないのですが、これからは彼らが話す英語を理解することも必要になると思うことは『これからの時代の伝わる英語』に書きました。
そして、こんな時代になってしまって実は気の毒なのは英語を母語として生まれた人たちだと思っている私。
『Native English Speakerの危機』に書いたように、ヨーロッパではすでにだいぶ前から、そしてアジアでも英語 + α(多くの場合、対象となる市場の現地語)のマルチリンガルであることを求人で求められるようになっており(当然、文化的背景がわかるということ込み)、英語しか話せないmonolingual(単一言語)な人は、言語ではない他のスキル・経験で圧倒的な競争優位を持つことを求められます。


何事も世界で一番早く変化が起るアメリカでは、サービス産業のインドへのアウトソースにより職を失う人が出ているのは『フラット化する世界』などでも指摘されている通り。 この点、やっぱりアメリカが一番早く反応しており、同じ英語を話すオーストラリアではそうでもないらしい(というのは、オーストラリアを離れて5年も経つ夫の言うことなので、間違っている場合は指摘してください)。
話はそれますが、日本語障壁に守られている日本のサービス産業も大前さんが大連にアウトソーシングの拠点を作っていたりするので、そのうち出ていくと思います(→日本語に強い、大連の研究)。
アウトソーシングの例は、人件費のアービトラージ(裁定取引)で代替可能な労働が人件費の安い国に出ていった例ですが、もう少し高レベルになると、「普遍語」 + 「現地語」の二重言語者は情報のアービトラージ、知のアービトラージが可能であるのに対し、monolingual(単一言語)の人にはできないのです。
この点については、神田昌典さんがよく書かれてますね(→『お金と英語の非常識な関係』)。
なお、ビジネスの機会という意味では、現在のアジアでは圧倒的に「現地語」として「北京語」、次に「ヒンドゥー語」が求められるため、「いいなー、インド人はいっぱいopportunityがあって。 私もインド人に生まれたかった」と友人につぶやいたところ、
“Yeah, but there are lots of them.”(うん、でも彼ら、opportunityも多いけど狙っている人の数も多いからねー)
とのこと。 そりゃ、そうだ。
私も、自分の前職の給料の30%くらいは「英語プレミアム」だと思っていますが、「普遍語」(= 英語)と「現地語」(= 日本語)の活かし方、これからのそれぞれのインプット・アウトプットの配分など本当にいろいろ考えさせられることの多い本でした。


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