『就活中の学生へ – 1』、『- 2』と「私が今大学3年生ならこうする」というのを書きましたが、最終回はお得意の(?)disclaimer(お断り)です。
そのお断りとは、以前『業界の旬とキャリア相談』に書きましたが、個人のキャリアをそのままなぞってどうにかなる時代ではなくなってしまったので、「私の書くことを鵜呑みにしないにしないでください」というお話。 もちろん「そんなことわかっている」という人がほとんどなのでしょうが。
1. 選択には個人の価値観が強く反映されている
例えば、『統計を参考に個人のキャリアを決めてはいけない』に(i) ネットワーク、(ii) 自信、の2つを留学した価値だと書きましたが、「へ? そんなことに1,000 – 2,000万円の大金を使うわけ?」と思う人もいるかもしれない。
人生におけるさまざまな選択には個人の価値観が強く反映されてしかるべきなので、価値観の違う他人のマネをしてもハッピーになれないと思います。
シンガポールでロンドンに引っ越すとある友人に伝えたとき、「なんでロンドンなの?」と聞かれ、理由のひとつとして「友達いっぱいいるし」と答えたところ、「いや、友達のために引っ越さないでしょ」と言われて「ほう、そういうもんなのか・・・」と思いました。 でも、過去1ヵ月の間で充実していたこと・楽しかったことを思い出そうとすると、仕事の一場面はちっとも出てこず、special occasionでも何でもない気だるい土曜の午後、仲のいい友達と思いつきでやったBBQだったりする私は、そういうのも大事です。
「自分がどういう時に充実していると感じるか」という軸を入れないと納得のいく選択にならないと思います。
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就活中の学生へ – 3
就活中の学生へ – 2
さて、昨日書いた「統計や金銭価値だけを基に自分のキャリアを決めてはいけない」という路線を基本に、第一弾の続きです。
2. 自分のスキルや責任の幅が高速で伸びる会社で働く
「就職活動するなら・・・」というCREAさんの質問に答えると、若いうちから権限を与えられ、社外で活きるスキルが伸ばせて、なおかつ成長している業界の成長している会社、「会社の成長に従って自分も自然と成長できる」ような環境が理想。
大学院留学を目指すとしても、MBAの場合社会人経験が必須なので(最近アメリカの大学は新卒MBAもあるけど)、その間のキャリアや、新卒就職だけでなく転職の際の基準も同じです。
逆に避けるべきは、従業員の高齢化が進み、40歳以上の使えない中間管理職が大量にいて、何層もの意味のないヒエラルキーがあり(課長・課長補佐・課長代理・主務・主任・・・と延々続く、みたいな)、その人たちは保身のための社内政治に時間を捧げているため、膨大な量の仕事が数少ない若手に振ってきて若手は長時間労働により疲弊、若手に権限はなく上が詰まりすぎて出世の見込みもないような会社。
私の友人にも毎年就職人気ランキングに登場するような大企業に勤めていて、30過ぎても後輩が入らず、部署には中間管理職が溢れ、人員削減のため雪だるま式に膨れ上がる主要業務に加えて、派遣の事務職を減らしたことによる雑用の増加、度重なる組織変更・人事異動のたびに開催しなければならない歓送迎会の幹事・・・その他もろもろの業務で月の残業時間が恒常的に100時間超え、というケースも。
統計を参考に個人のキャリアを決めてはいけない
昨日の続きですが、ちょっと横に逸れて、「統計を参考に個人のキャリアを決めてはいけない」「すべての価値を金銭価値に換算できない」というお話。
1. よく就職・転職情報誌に出てくる生涯賃金ランキング、年収高額企業ランキングといった類の統計を参考に自分の進路を決めてはいけない。
これらのランキングは「現存する企業が現業態を保ったまま、現賃金体系を維持したなら」というあり得ない仮定に基づいた数字です。 企業の平均寿命が30年を切り人間の労働寿命より短くなっている世の中で(引退という概念すらなくなるかもしれない→『「老後」がなくなる日』)、今から就職して生涯賃金ランキングの数字通り受け取る人が果たしているのでしょうか?
年収高額企業ランキングの上位企業はひょっとして労働生産性に見合わない高年収の従業員、高額年金を約束したOBばかりを抱え、高コスト体質のために破綻したJALのような会社かもしれない。
この不況で希望就職先も「安定志向」が強まっているらしいですが(→就職希望企業人気ランキング)、「安定しているがスキルが身につかない」企業に就職して、その後の仕事人生、つぶれないこと・給料が減らないことをひたすら祈って暮らすのでしょうか?
この手のランキングは「ふーん」と眺めるか、むしろ「人のいない裏道をいこう」くらいに使うべきで、個人のキャリア選択に当てはめるのはほとんど意味ないです。
MBA女性の10年後
ロンドンでの大きな楽しみがINSEAD友達とのキャッチアップ。 特に女友達はほとんどロンドンに集中しているので、積もり積もった話に花を咲かせるのが本当に楽しみ(昨日はそのうち1人目とランチしてきました)。
INSEADを卒業して5年半、20代後半だった私たちも30代前半~中盤に差し掛かり、結婚・出産と経る中でさまざまな選択をしなければならない難しい年代に差し掛かってきました。
新年号のThe Economistは”Women in the workforce”と題してとってもタイムリーな記事だったのでご紹介(The Economist : Female power)。
シカゴ大学ビジネススクールでは、MBAの10年後、子供がいる女性の卒業生のうち今も働いているのは半分だそう。 INSEADも状況は似ていて、11年前に卒業した友達に聞くと女性卒業生の半分は専業主婦だそうです(私は5年前卒業なので、まだ専業主婦は数えるほどしかいませんが、そろそろ出てきそうな雰囲気)。
記事では、思いっきりうなづける理由が説明されていました(拙訳)。
ひとつ明らかな問題は女性の大きくなる野心が満たされていないことだ。 彼女たちは出世の階段を昇るよう奨励されているにも関わらず、ミドル層は男性に占領され、トップ層は手が届かないものであることを思い知らされる。 フォーチュン500企業のトップのうち女性は2%だけ、FTSE100指数の企業のうち女性トップなのは5社だけ、アメリカで取締役に占める女性の割合は13%である。 戦略コンサルや銀行のトップ層は男性で占められており、アメリカとイギリスではフルタイム女性の平均年収はフルタイム男性の80%である。
留学するなら大学? 大学院?
最近話をした2人の友人の話。 年は10歳違うし、年収もケタが違うのですが、私には2人がダブって見えました。
- 中国人Y(♀、36歳)
北京生まれ北京育ちの中国人。 高校卒業まで北京だったが、大学はイギリスへ(どこか忘れたけどオックスフォードとか英トップ5のどこか)。
大学卒業後は米大手会計事務所に会計士として就職し、ロンドンと香港で働く。
INSEAD(フランス)でMBA取得。 当時、「私はもう中国(大陸)には帰れないし、帰りたくない。 フェアな実力社会で自由な欧米式生活に慣れきっているし、下方婚志向でキャリア女性を好まない中国人と結婚できるわけがない」と断言していたのが印象的。
INSEAD卒業後は、英系投資銀行(香港オフィス)へキャリアチェンジ。 INSEAD同級生のスペイン人J(戦略コンサル、NYオフィス)と香港 – NYの遠距離恋愛開始。
勤務先の投資銀行を説得し5ヵ月後にNYオフィスに転勤成功、1年後にJと結婚。
NYアッパーウェストにある高級アパートに住み、2人の子供を育てながら(フルタイムナニー付)、今なおウォールストリートの(数少なくなった)投資銀行でキャリアの階段を駆け上る。
今年5月の卒業5周年同窓会(→『5年目の同窓会』)には2人の子供をナニーに預け、Jと出席。 私たちのロンドン引っ越し計画に「いいなー、私もロンドン住みたいなー」と言っていた・・・かと思うと、ある米系名門投資銀行(ロンドンオフィス)のヘッドハントを受け、家族と共に1月からロンドン暮らしだと言うメールがつい先日届いた。
「老後」がなくなる日
数ヶ月前のThe Economist(6月25日号)は”Ageing populations”と題し、高齢化特集でした。
その中の記事のひとつ、”The end of retirement”は以下のような内容。
1900年代初頭に定年が65歳に設定された当時は、平均寿命と定年が非常に近く、政府支給の年金がもらえるのは短い期間であった。 ところが、今や退職後の「老後」はみんなのものになり、その期間が四半世紀を超える国も出てきた。 OECD各国政府の公的年金にかかる支出はGDPの7%にのぼり(1935年のアメリカではその比率は0.2%だった)、2050年には現在より倍増すると予測されている。
平均寿命の増加という本来なら喜ばしいことに起因することに加え、先進国で急速に少子化が進んでいること、ベビーブーマーという最も人口の多い世代が引退し始めたこと、がこの傾向に拍車をかけている。 1950年にはOECD各国の20 – 64歳人口7人に対し、65歳以上人口は1人であった。 この比率が現代は4 : 1になり、2050年までには2 : 1になると予測されている(以下略)。
(The Economist : The end of retirement)
日本はOECD諸国の先陣を切って少子高齢化まっしぐらなのですが、この「親世代が満喫しているような老後がないかもしれない」という危機感は、とりわけ私の周りのヨーロッパ人は共有している気がします。
薄い付き合い(weak tie)の威力
シリコンバレーのように強度なネットワーク社会ではstrong tie(職場の同僚など毎日一緒に過ごす濃い付き合い)よりweak tie(普段あまり会わない人との薄い付き合い)が大事という話はよく聞きます。 過去に『求職者の心構え』として書いたことあるし、渡辺千賀さんの『ヒューマン2.0 – web新時代の働き方(かもしれない) 』にもこうありました。
Mark Granovetterの著書『Getting a Job』
によれば、職探しをした人の56%が個人的なツテで職を得、しかもその83%はあまりよく知らない「薄い付き合い(weak tie)」経由のものだった
週末、その典型的な例を目の前で見てしまったのでここに再現。
土曜の晩、Toastmasters(→『Toastmasters@シンガポール』)で知り合った香港人Sとその旦那さんフランス人Pの送別会BBQに行ってきました。 場所はSのコンドミニアムのプールサイド(シンガポールは暑いのでBBQは夜、コンドの共有スペースでやることが多い)。
はたらけ シンガポール
今日はこのブログも情報収集のために活用しながら見事、シンガポールで職を見つけ1月から新生活を始める本間さんのお話(『渡辺千賀のはたらけシリコンバレー』風にお届けします)。
本間さんと言えば『世界級ライフスタイルのための婚活』に登場したご夫婦(JTPAツアーでシリコンバレーで出会う)の奥さまの方です。
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JTPAシリコンバレーツアーに参加して以来、「30歳までに日本以外の国で働きたい」と思っていた。 ツアー中に会って、性格も夢も近い旦那さんと結婚したのが2008年9月。 2009年5月には『第2回 世界級ライフスタイルをつくる会@シンガポール』参加ついでに旦那さんとともにシンガポールを視察。 暮らしやすそうなシンガポールの環境に「ここだ!」と確信した。
帰国後、シンガポールの大手日系人材紹介会社の登録会兼相談会に参加し、シンガポールの仕事状況について話を聞きに行った。 事務職の給料はSGD2,500からなのに、家は安くてSGD1,500(=約10万円)からと聞いて、シンガポールの家賃の高さにびっくり(後に、もっと安い賃貸もあるとわかって一安心)。 さらに希望する出版関連の仕事はほとんどない!という現実を突きつけられて、「シンガポールで働くなら営業事務や一般事務で手を打つしかないのかな・・・」と、意気消沈。 いちおう人材紹介会社への登録だけはしておいた。
ポートフォリオのひとつとしての社会貢献 – 1
最近、台湾、南太平洋、フィリピン、インドネシア(スマトラ)、インド南部と大災害が続きますね・・・
昨日のToastmastersではマニラ出身のフィリピン人が大洪水の惨状をプレゼンし、ヘイズごときで騒いでいるシンガポール(→『国境を越えた大気汚染』)に住める幸せをみんなで噛みしめました。
阪神・淡路大震災の起った1995年はボランティア元年と呼ばれていますが、私にとってはボランティア・トラウマ元年です。
1月17日未明、ただごとではない揺れに私も飛び起きましたが、あの揺れは奈良では震度4でした(神戸:震度7、大阪:震度6、京都:震度5、なのでどれだけ直下型であったかがわかります)。 家の中のものが落ちたり植木が倒れたりはしたものの、揺れがおさまり再び眠りに落ちた私。
当時、お気楽な大学1年生。 起きると家族はとっくに出かけており、テレビも見ず、友達と待ち合わせていた大学(京都)に向かいました(奈良ー京都間の電車は動いていた。 神戸はもちろんのこと奈良ー大阪間、大阪ー京都間は全日不通、というのは後から知った)。 待ち合わせていた友達(神戸在住)がいつまで経っても来ない、当時は携帯もない、おかしいなーと思いながら入った大学の食堂のテレビで初めてあの朝起ったことを知りました。
"泣かせる"夢を持つ人、持たない人
しばらく前からINSEAD受験生のインタビュアー(面接官)を引き受けています。
知らない方のためにMBAの受験プロセスを説明すると、テスト(TOEFL, GMAT)結果と書類(学歴・職歴など、受験エッセイ、推薦状)を基に学校が審査するのが第一次審査。 通過者はインタビュアーによる面接の第二次審査を経て、書類審査の結果もふまえ最終合否が決まります。 INSEADでは面接はすべて(受験生の住む国に住んでいる)卒業生が行います(学校によって異なる)。 よって、私が面接するのはシンガポールに住む受験生。
何人か面接していて、あることに気づきました。 この国には、a. “泣かせる”夢を持つ人、b. “泣かせる”夢を持たない人、の2種類の受験生がいるぞ・・・
a. “泣かせる”夢を持つ人
最も良い例が『チャイナ・ドリーム』の彼女。 詳しくはエントリーを読んで欲しいのですが、(高等教育を受ける人が珍しい)中国の農村からシンガポール大学の奨学金を得て出てきて、親への仕送りと自分の生活費のためにアルバイトをしながら大学を卒業。 初めは給料の低い仕事だったが、苦労して夜間の大学院に通い修士を取得。 INSEADでMBAを取ることでさらなる高みを目指して、最終的には中国の発展に貢献したい、という彼女です。
シンガポールにはアジア中から人が集まっています。 建設労働者・メイドなど単純労働者だけではなく、弁護士・会計士・企業のホワイトカラーにも「努力して勉強してやってきました」というマレーシア人・インドネシア人・インド人・中国人・・・etc.がたくさんいます。 そういう人は故郷に親兄弟も親戚もいて「将来は故郷の役に立ちたい」と”泣かせる”夢を持つ人が多い。 シンガポールに来るに至った顛末もとにかく内容だけで”聞かせる”。