北京は冬晴れが続いています。
上海と人口も物価も変わらないのに、言葉の分からない私に明らかに違いがわかるほど、人はのーんびりしています。
何度も「ここは京都?」と思わせる街並みに、焼きいもや甘栗、茹でとうもろこし、といった郷愁を誘う屋台。
友達に借りた自転車で街を走り回ってみました(かなり巨大なので走り回れるサイズではないのですが・・・)。
天安門広場に着くと最初にお出迎えするのは、もちろん故・毛沢東主席。 夏は観光客で溢れかえるのであろう故宮もこの季節は静か。


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北京冬景
上海雑感
昨日、上海から北京に移動したので上海雑感。
上海で最も印象に残ったのが、新と旧、富と貧、西洋と中国のコントラスト。
10年前には農村地帯だった浦東(Pudong)地区。 現在は金融センターとして続々と高層ビルやホテルが建設中。 一番右のビルが世界2位の高さを誇るShanghai World Financial Center。

黄浦江を挟んだ対岸が、外灘(the Bund)地区。 昼間は建設現場の砂埃がすさまじかったのですが、夜は一転して欧米人やリッチな中国人が最新レストランやバーに夜な夜な集まります。

華僑の移住モデル
先週の予告通り、一昨日から上海にいます。
全体的な感想は旅が終わってからにするとして、今回の旅で再会した友人たちの話を。
私は上海・北京に多くの友人(ほぼ全員INSEAD同級生)がいますが、大きく2つのグループに分かれます。
- 中国にチャンスを見出して移住し、自分でビジネスをしている欧米人(→『果たしてヤジ馬なのか歴史の証人なのか』で書いたような人たち)
- 幼少期に香港・台湾から家族ともども北米・オーストラリアに移住し、欧米で教育・キャリアを積んだ後、過去5年以内に上海・北京に移ってきた(香港・台湾出身)中国人
上記2.に属する友人の家族の歴史は華僑の移住の歴史。
祖父母世代、親世代、本人世代、それぞれ時代によって理由は異なりますが、移住を繰り返しています。 迫害を逃れるためなど必要に迫られたものだったり、子供のより良い教育機会を求めるためなどopportunistic(機に乗じた)だったり、その時々でのベストな判断だったのでしょうが、とにかくそのたくましさと軽やかさは何度聞いても感動を覚えます。
セクシー主婦と王子シェフ
一足早いクリスマスプレゼントとして夫の妹が『Nigella Christmas: Food, Family, Friends, Festivities』というクリスマス料理のレシピ本をプレゼントしてくれました。 私たちがクリスマスプディングを作ったのを聞きつけて、「この本でクリスマスディナーを作ってね」とのこと。 ところが、我が家にはオーブンがない・・・のでクリスマス当日に友達のアパートに押し掛けて使わせてもらうことに。 独身男性なので「オーブンは使ったこともない、ちゃんと動くかどうかもわからない」ということなので、どうなることやら?
このレシピ本著者であるイギリス人料理研究家のNigella Lawson。 私は料理レシピ本大好きで本屋でもよく覗くので何度も写真は見たことがあったのですが、ずっとお色気系だと思っていました。
だって、彼女のwebsiteのトップページが(←)コレだし、レシピ本でも写真がやたらとセンシュアル(sensual)で、材料を手でこねているところのアップ、とか、ねっとりと絡まるチョコレート、とかそんなんばっかりなんだもの。
ところが、良家の出身(お父さんはメイジャー首相時代の大蔵大臣)でオックスフォード大卒のジャーナリストと意外と知性派なのでした。 ご主人が広告業界の大物と話題性も十分。
中国を見ずにアジアを語るな
・・・という内なる声が日に日に大きくなってきたので、来週から上海と北京に行ってきます、プライベートで1週間、ひとり旅。
別に誰に言われた訳でもないし、アジアを語っているつもりもありませんが、華僑の国に住み、周りに中国に行ったことがない人を思いつかないという現在の環境下、「中国本土に行ったことがない」とはなかなか言いにくいものがありました。
もうひとつの理由は、いろいろな旅スタイルを経て、「急激に変わりゆく世界を、しかとこの目で見たい」という「オトナの修学旅行」を求める思いに変わったことでしょうか。
学生バックパッカー時代を経て(→『バックパッカー時代も悪くない』)、社会人になってからは地中海とアジアン・リゾートに現実逃避していた時期もあったのですが、「オトナの修学旅行」に開眼したのが(それまでちっとも興味がなかった)ロシア・モスクワに長期出張していた2004-2005年。
石油バブルで高級車が走り回り、美女しか顔パスできないクラブ(踊る方です、私はコネ入場)では知らない成金オヤジが次々にシャンペンを開ける一方で、(給料の少ない)警察が旅行者を捕まえカツアゲするという(私もカツアゲされた)、貧富の差が急拡大していたモスクワは、経済が急成長する最中に生きる人々の生活やその歪みを間近に見ることができた「あの時代だけのモスクワ」でした。
住みたい街ではないけれど、あの時代にしか見ることができないモスクワを見られたのはラッキーだったと思います。
円高ではない、これが常態
円高で日本の訪日観光客数が減っているそうで。
グラフは前年比訪日外国人数(wbsより)。 今年8月から減少に転じています。
こちらやこちらにも以前書きましたが、私の周りでも日本に旅行に行き、気に入ってリピーターになる人が増えており、その結果、日本への理解が進んでいる傾向を喜んでいたのですが、残念・・・
ところで、ニュースでは「円高で輸出産業に打撃」や「カルティエが円高差益還元」など「円高」と表現されていますが、理論上は以前から「円が安すぎる」と言われていました(→『Big Mac指数とミセス・ワタナベ』)。
池田信夫さんのブログで紹介されていた論文でも為替レートの均衡値は以下の通り。
1ドル = 90円
1ユーロ = 132円
1カナダドル = 88円
ということは、つい数ヶ月前まで円安の異常事態が何年も続いていただけで、今は常態に戻ったということです。
クリスマスの準備
『多民族国家の祝日の過ごし方』に書いたとおり、多民族国家シンガポールでは、中華系、マレー系、インド系の人たちはそれぞれの祝日をそれぞれの伝統に従って祝うのですが、そのどれでもない私たちは、ぼーーっと何も祝うことなく1年を過ごしてしまいました。
はたと気づけばもう師走。
さすがに、キリスト教徒最大のイベント、クリスマスと、日本人最大のイベント、お正月はきちんと迎えるべきでしょう。 今年はどこにも行かないし・・・
夫の実家ではクリスマスにはいつもイギリス式にローストターキー、クリスマスプディング、ミンスパイなど伝統的な料理をお母さんが手作りしていたのだそう(ロンドンのコルドンブルーで修行したという料理の腕前)。
我が家にはオーブンがないのでローストターキーは断念、ミンスパイは夫が好きじゃないと言うので、週末、クリスマスプディング作りに初チャレンジ。 ありえないほどドライフルーツが詰まったこれです(→)。
300人待ちの幼稚園
東京でも幼稚園や保育園の順番待ちが長い(待機児童人数が多い)らしいですが、シンガポールはもっと激しいようです。 私の友人夫婦2組の話。
A家:夫婦ともシンガポール人。 夫:歯医者、妻:家族企業の2世経営者。 子供は3歳5カ月と1歳5カ月の2人。
B家:夫:フランス人バンカー、妻:元バンカー、現在専業主婦。 1歳の子供+来春2人目予定。
2組ともフルタイム(住み込み)のメイドを雇っています(シンガポールのメイド事情はこちら→『6家庭に1軒がメイドを雇う社会』)。 子供が2 – 3歳までは住み込みのメイドに任せ、2 – 3歳になったらPre-school(その名の通り小学校の前に通う幼稚園/保育園)に通わせるとのこと。
この順番待ちがすごい。
A家の場合、7月に生まれた子供を(2歳半から通わせるために)その年の9月にPre-schoolに申し込んだところ、すでに100人待ち。
B家の場合、12月に生まれた子供を(同じく2歳半から通わせるために)次の年の5月に申し込んだところ、300人待ち。
300人待ちってどのくらいの人がダブルブッキング(っていうのかな?)しているのかよくわかりませんが、待って入れるものなんでしょうか?
南は寒い
最近、目からうろこだった事実。
「南は寒い」
シンガポールは北緯1度15分、つまりほぼ赤道直下です。 気温は年がら年中25℃以上で、季節は「暑くて、たまに雨が降る」と「暑くて、よく雨が降る」の2種類しかありません。 一般的には前者を乾季、後者を雨季と呼びますが、相対的なもので、乾季でも雨は降ります。
今まで寒いところにばかり住んできたので(トロント、フランス・パリ郊外、モスクワ)、冬を経験しないのは今年が生まれて初めてな私。
街でいくらクリスマスツリーが飾られジングルベルの音楽が鳴ってようと寒くなければ、一向に盛り上がれない。
冬が恋しいので、
「いやー、やっぱり南にいると季節のメリハリがないから人間だらだらするよねー。 ほら、フランスだってイタリアだって経済的には南の方が遅れてるし、シンガポール人が頑張ったところで、やっぱりサービスがテキトーなのは気候のせいじゃないのー?」
とひと仕切り夫に愚痴っていると、夫の顔がいつの間にか「???」になっている。
シリコンバレー向きでない人にとっての天国
ひょんなことから、このブログを見たシリコンバレー在住の起業家外村さんという方からメールを頂きました。
シリコンバレーといえば、梅田望夫さん、渡辺千賀さん、海部美知さんのブログも本も愛読しているし、あの世界中から頭脳が集まり切磋琢磨しながら世界を変えるような技術で起業・成功を目指し、その起業家たちを支えるコミュニティも成熟している、自由で寛容な空気に「いいな、楽しそうだな。 うらやましいな。」と思っていました。 そんなシリコンバレーに緩いネットワークができて嬉しいです。
私は2001年初頭のドットコムバブルがはじけかけの時にシリコンバレーに2ヵ月くらい住んでいたことがあります。 当時の勤務先の投資先ベンチャーで事業計画作成などのお手伝いをしていました。 2ヵ月だけですが、住んでみた感想は・・・
つまんなかった。
渡辺千賀さんいわく「オタクに最適化された街」はオタク(ギークと言い換えた方がいいか)度が低い私にとっては、ただのアメリカの田舎町でした。 大体、私、車社会キライだし。
三度の飯より技術が好きなギークか、そんなギークをこよなく愛する特異な人にとっては天国ですが、それ以外の人にとって、シリコンバレーは「私のいる場所じゃない」と感じるんじゃないかな? 干渉されないので、ヨソ者感はないけどコミュニティの一部感もない。