Category Archives: 4. 教養・知識
あまり人のブログに反応したエントリーは書かないのですが、今回はビックリしたので。
ビックリしたのはこちら。
内田樹の研究室 – 「内向き」で何か問題でも?
日本人が「内向き」なのは、要するに「内向きでも飯が食える」からである。(中略)
日本には巨大な国内市場がある。
国内市場限定で製品開発しても、売れればちゃんともとがとれる規模の市場が存在する。
失礼ながら内田さんは存じ上げなかったのですが、今どき識者でこんなこと言う人がいるんですねー?
それとも、私、日本のメディアをネット以外で見ないのでわからないけど、意外とこう信じている人が大半なんだろうか?
このブログを知った池田信夫さんのブログと小飼弾さんのブログでは、もちろん「内向きで飯が食えるわけではない」とあり、私も概ね同意見なので、なぜ「内向きで飯が食えないか」の解説はそちらに譲ります(それにしても内田さんの見解は少子化による国内市場の縮小を完全に無視してますね)。
Continue reading
4 Comments | tags: 勝間和代, 少子化, 日本, 渡辺千賀 | posted in 4. 教養・知識, 日本
そろそろ時効かな、ということで書きますが、以下の内容は非常に個人的な体験のヒアリングに基づくので、あくまで一つの例による所感ということで。
私がINSEADを卒業した2004年、韓国Samsungが熱心にキャンパスにリクルーティング(採用活動)に来ていました。 通常、キャンパスにまで来てMBAのリクルーティングを行うのは、戦略コンサルと投資銀行が主。 「インダストリー」と呼ばれるいわゆる「実業」は、L’Oreal、Johnson & JohnsonのようなFMCG(*1)業界が多かったので、Samsungのようなエレクトロニクス企業(しかもアジア企業)は異色中の異色でした。
*1 FMCG・・・Fast moving consumer goods、変化の早い日用消費材のこと。
私たちの代では、10人にオファーを出し、そのうち2人が就職しました。 ベルギー人男性Fとイタリア人女性G。 彼らの職務はソウル本社のGlobal Strategy Groupでのストラテジスト。
このSamsungの人事戦略は去年の日経エレクトロニクスに特集されていたようです。
以下、『独創的な人材の確保がグローバルな競争力の源泉に–韓国Samsung編(最終回)』より
韓国ソウル市の江南駅の近くに建てられた,韓国Samsungグループの超高層ビル群─。このビル群の一角に「未来戦略グループ(Global Strategy Group)」という極めて優秀な人たちで構成される組織がある。メンバーのほとんどが「S(Super)」クラスと呼ばれる外国人である。
世界のMBAトップ10に入る大学の出身者や博士号を持つ人ばかりで,誰もが知る世界屈指の大企業で5年以上の実績を持つ人たちだ。
Continue reading
8 Comments | tags: MBA, 国際競争力, 日本企業 | posted in 4. 教養・知識, MBA・教育, 日本
ついに始まりました! 会計ブートキャンプ!
今日から日経ビジネスオンラインで始まった特集のことです(バナーをクリック↓)。

去年からNBonlineで会計コラムを書いていらした著者の杉田さんは、私が杉田さんのブログを見つけて押し掛けコメントしたのが馴れ初めです(このブログのリンクにも貼ってあるんだけどわかるかな?)。 サンフランシスコの会計事務所で上司・同僚・部下のアメリカ人をバッタ・バッタと斬るさまを楽しくブログで読んでいたのですが、年末、東京に凱旋帰国されました。
私は前職で企業投資の最前線にいたし、MBAで会計(Accounting)は必修科目だったし・・・なのに、いまいち会計(Accounting)には苦手意識があったのです。
ところが、最近いろんなところで「英語・会計・ITが必須」と言われているように、苦手なままだと本当に目の前の仕事で苦労するんですね(私のように企業投資が仕事なのに財務分析苦手です、ではちょっとお話にならない・・・)
Continue reading
Leave a comment | tags: キャリア, MBA, 勝間和代, 会計 | posted in 3. マネー・ファイナンス, 4. 教養・知識, MBA・教育, 投資・資産運用
日本の景況感が急激に悪化しているとのこと。
新卒学生の内定取り消し、自動車メーカー数千人削減、といったニュースが次々と飛び込んでくるのですが、私は7月以来日本に帰っていないので、肌身で感じられないのですが、実際どうなんでしょう?
私が今まで肌身で感じた最大の不況はやはり拓銀と山一証券が破綻した1997年。 当時、大学4年生だった私は同級生の内定が取り消されるのを見て「エラい時代に就職になってしまったなー」と思ったものです。 かろうじて内定取り消しもされず就職した会社は、その数年後、同業他社と再編合併となりリストラが起ったことは以前書きました。
内定を取り消された学生は気の毒だとは思いますが、別に就職できたからといって将来安泰が約束されている訳でもないし、「内定取り消さざるをえないような会社は経営不安なのだから、早めにわかってよかったのでは?」と思ってしまいます(この点は『問題は内定取り消しより新卒偏重では』の記事に極めて同意)。
ところで、新卒学生の内定取り消しにせよ、正社員で人員整理の対象になったにせよ、人件費の変動費化が進むアメリカはもちろんのこと日本でももはや”unknown unknown”ではなく”known unknown”では?
つまり、自分の内定が取り消される、人員整理の対象になる、という将来はその事実が起る直前までは不明(unknown)なのですが、不明である(ありうるかもしれない)ということは既に知っていた(known)では?ということです。
Continue reading
5 Comments | tags: キャリア, 金融危機, 雇用, 就職氷河期 | posted in 2. ビジネス・キャリア, 4. 教養・知識, 時事, 企業・会社員
昔は一人旅専門だったのですが(→『バックパッカー時代も悪くない』)、今回の中国は実に久しぶりの一人旅でした。 何年ぶりかも覚えてないや・・・
そんな久しぶりの一人旅。 10年前との時代の違いを一番感じたのは、旅先での出会いがもはや一期一会ではなくなったということでしょうか?
昔は旅先で出会った人と一緒に写真を撮ると(←まだフィルムカメラの時代)、住所を聞いて焼き増しした写真を送ったものです。 クリスマス前には郵送でクリスマスカードが届き、でも1年経ち、2年経つと遠い異国に住む友人とは縁が途絶えていきました。
5年くらい前はこれがメールアドレスの交換になり、デジカメで送った写真を送ったりしていました。 でも相手がブロードバンド環境かもわからないので、送っても1通のメールに3枚添付くらい。 何枚も送りたい場合はメールを何通にも分けて送っていました。
そして現在。
「写真見せてよ」
「Facebook(もしくはFlickr)にアップしておくよ。 Facebookで名前何?」(とiPhoneを取り出しそのまま目の前でfriend requestを送る)
あっという間に写真の交換どころかFacebook上でつながったため、今後もお互いに近況がわかることになりました(日本人の場合、mixi)。
Continue reading
2 Comments | tags: テクノロジー, Facebook, SNS, 旅 | posted in 4. 教養・知識, 5. 趣味・プライベート, バカンス, IT・テクノロジー
『日本語が亡びるとき – 英語の世紀の中で』
を読んで感じた3点目。
3. 二重言語をどう活かすか
たまに、「今回の金融恐慌で米国型資本主義は凋落した、アメリカの時代は終わりだ」的な論調が目につくのですが、アメリカという国の運命と英語の世紀が続くことの間にすでにあまり相関関係はないと思います。 英語が「普遍語」になって使われ出した時点で、すでに英語を母語とする国の手を(完全にではなくとも)離れてしまった言語ではないかと。
世界で英語を話す人口が一番多い国がインドであることは以前こちらに書きましたが、10年後には中国になると言われています(→YouTube : Did You Know 2.0)。
もちろんすべてが数の論理ではないのですが、これからは彼らが話す英語を理解することも必要になると思うことは『これからの時代の伝わる英語』に書きました。
そして、こんな時代になってしまって実は気の毒なのは英語を母語として生まれた人たちだと思っている私。
『Native English Speakerの危機』に書いたように、ヨーロッパではすでにだいぶ前から、そしてアジアでも英語 + α(多くの場合、対象となる市場の現地語)のマルチリンガルであることを求人で求められるようになっており(当然、文化的背景がわかるということ込み)、英語しか話せないmonolingual(単一言語)な人は、言語ではない他のスキル・経験で圧倒的な競争優位を持つことを求められます。
Continue reading
Leave a comment | tags: 英語, 日本語が亡びるとき | posted in 2. ビジネス・キャリア, 4. 教養・知識, 英語・外国語
『日本語が亡びるとき – 英語の世紀の中で』
を読んで考えた点、2点目。
2. 悪循環はすでに始まっているかもしれない
本の中で以下のようなくだりがありました。
(「読まれる言葉」としての言語が亡びる、という)悪循環がほんとうにはじまるのは、<叡智を求める人>が<国語>で書かなくなるときではなく、<国語>を読まなくなるときからである。<叡智を求める人>ほど<普遍語>に惹かれてゆくとすれば、たとえ<普遍語>をかけない人でも、<叡智を求める人>ほど<普遍語>を読もうとするようになる。
世界には、複数の国で国語として使われている言語があり(例えば英語)、そのような国では自国メディアよりもレベルの高い他国メディアを日常的に読む/観る、というのは以前から当たり前でした。 例えば、私の夫はInternational Herald Tribune(米)、The New Yorker(米)、The Economist(英)を日常的に読み、BBC(英)を観ますが、オーストラリアのメディアはほとんど読まないし観ません。
端から見ていて、十分愛国心はある方だと思いますが、「質を求めた自然な選択」なんだそうです。
そして、今この現象が英語と母語の二ヵ国語(以上)を解する人々の間で起っています。
国土が広く多くの現地語が存在するインドではヒンドゥー語を母語とする人とベンガル語を母語とする人が出会うと共通言語は英語です(つい最近までヒンドゥー語だと思っていました)。 結果、インド国内でも現地語ではなく英語で本を出版するケースが増えているのだそう、現地語で出版すると同じインド人(ただし母語が違う)にさえ読んでもらえないのだから当然といえば当然の選択。
Continue reading
5 Comments | tags: 英語, The Economist, 日本語が亡びるとき | posted in 4. 教養・知識, 英語・外国語, 時事
梅田望夫さんのブログで絶賛されていた『日本語が亡びるとき – 英語の世紀の中で』
がようやくシンガポール紀伊国屋に届いていたので読みました。
キャッチーなタイトルから連想される予想とは裏腹に著者の主張は「日本文学を守ろう」なのですが、日本文学をまともに読んだこともない私はこの主張に対するコメントはあまりないので、本書の別の箇所に関する考察を行います。
著者の水村さんによる言語の分類は以下の通り。
現地語:ある地域で日常使われている言葉。 その土地の人々の母語の体系。 いずれ文字を獲得するとしても、基本は話し言葉。
普遍語:聖典など普遍的な叡智(えいち)を伝える、文字による言葉。 中世までのヨーロッパでは古典文学や聖書を読むためにギリシャ語とラテン語を習い、アジアでは漢語を用い、人々は叡智を共有した。
国語:グーテンベルグの印刷革命により普遍語の書物が普及し、叡智を求めるものは普遍語を現地語に翻訳し、話し言葉でしかなかった現地語が書き言葉として整備される。 小国が乱立していた地域がある程度まで統一され、域内の言語が一つにまとまり、国民国家が成立する過程で、「現地語」が「国語」に昇格した。
そして、20世紀にアメリカの繁栄の時代が到来し、資本主義の下、物・金・人が自由に世界を動くようになり、20世紀末期に起ったインターネット革命で情報が瞬時に世界中に伝わる時代になった現代、英語が急速に「普遍語」としての地位を固めている、という現状認識には全く同感です。
ここからは、私が日々考えていたことに、この本が示唆を与えてくれた点です。
Continue reading
4 Comments | tags: 英語, 日本語が亡びるとき, 中国 | posted in 4. 教養・知識, 英語・外国語, 時事
円高で日本の訪日観光客数が減っているそうで。
グラフは前年比訪日外国人数(wbsより)。 今年8月から減少に転じています。
こちらやこちらにも以前書きましたが、私の周りでも日本に旅行に行き、気に入ってリピーターになる人が増えており、その結果、日本への理解が進んでいる傾向を喜んでいたのですが、残念・・・
ところで、ニュースでは「円高で輸出産業に打撃」や「カルティエが円高差益還元」など「円高」と表現されていますが、理論上は以前から「円が安すぎる」と言われていました(→『Big Mac指数とミセス・ワタナベ』)。
池田信夫さんのブログで紹介されていた論文でも為替レートの均衡値は以下の通り。
1ドル = 90円
1ユーロ = 132円
1カナダドル = 88円
ということは、つい数ヶ月前まで円安の異常事態が何年も続いていただけで、今は常態に戻ったということです。
Continue reading
4 Comments | tags: 観光客, 円, 日本 | posted in 4. 教養・知識, 5. 趣味・プライベート, バカンス
東京でも幼稚園や保育園の順番待ちが長い(待機児童人数が多い)らしいですが、シンガポールはもっと激しいようです。 私の友人夫婦2組の話。
A家:夫婦ともシンガポール人。 夫:歯医者、妻:家族企業の2世経営者。 子供は3歳5カ月と1歳5カ月の2人。
B家:夫:フランス人バンカー、妻:元バンカー、現在専業主婦。 1歳の子供+来春2人目予定。
2組ともフルタイム(住み込み)のメイドを雇っています(シンガポールのメイド事情はこちら→『6家庭に1軒がメイドを雇う社会』)。 子供が2 – 3歳までは住み込みのメイドに任せ、2 – 3歳になったらPre-school(その名の通り小学校の前に通う幼稚園/保育園)に通わせるとのこと。
この順番待ちがすごい。
A家の場合、7月に生まれた子供を(2歳半から通わせるために)その年の9月にPre-schoolに申し込んだところ、すでに100人待ち。
B家の場合、12月に生まれた子供を(同じく2歳半から通わせるために)次の年の5月に申し込んだところ、300人待ち。
300人待ちってどのくらいの人がダブルブッキング(っていうのかな?)しているのかよくわかりませんが、待って入れるものなんでしょうか?
Continue reading
6 Comments | tags: シンガポール, 学歴, 教育 | posted in 4. 教養・知識, 5. 趣味・プライベート, MBA・教育, 家庭・育児