日本の景況感が急激に悪化しているとのこと。
新卒学生の内定取り消し、自動車メーカー数千人削減、といったニュースが次々と飛び込んでくるのですが、私は7月以来日本に帰っていないので、肌身で感じられないのですが、実際どうなんでしょう?
私が今まで肌身で感じた最大の不況はやはり拓銀と山一証券が破綻した1997年。 当時、大学4年生だった私は同級生の内定が取り消されるのを見て「エラい時代に就職になってしまったなー」と思ったものです。 かろうじて内定取り消しもされず就職した会社は、その数年後、同業他社と再編合併となりリストラが起ったことは以前書きました。
内定を取り消された学生は気の毒だとは思いますが、別に就職できたからといって将来安泰が約束されている訳でもないし、「内定取り消さざるをえないような会社は経営不安なのだから、早めにわかってよかったのでは?」と思ってしまいます(この点は『問題は内定取り消しより新卒偏重では』の記事に極めて同意)。
ところで、新卒学生の内定取り消しにせよ、正社員で人員整理の対象になったにせよ、人件費の変動費化が進むアメリカはもちろんのこと日本でももはや”unknown unknown”ではなく”known unknown”では?
つまり、自分の内定が取り消される、人員整理の対象になる、という将来はその事実が起る直前までは不明(unknown)なのですが、不明である(ありうるかもしれない)ということは既に知っていた(known)では?ということです。
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内定取り消しは"known unknown"
悪循環はすでに始まっているかもしれない
『日本語が亡びるとき – 英語の世紀の中で』を読んで考えた点、2点目。
2. 悪循環はすでに始まっているかもしれない
本の中で以下のようなくだりがありました。
(「読まれる言葉」としての言語が亡びる、という)悪循環がほんとうにはじまるのは、<叡智を求める人>が<国語>で書かなくなるときではなく、<国語>を読まなくなるときからである。<叡智を求める人>ほど<普遍語>に惹かれてゆくとすれば、たとえ<普遍語>をかけない人でも、<叡智を求める人>ほど<普遍語>を読もうとするようになる。
世界には、複数の国で国語として使われている言語があり(例えば英語)、そのような国では自国メディアよりもレベルの高い他国メディアを日常的に読む/観る、というのは以前から当たり前でした。 例えば、私の夫はInternational Herald Tribune(米)、The New Yorker(米)、The Economist(英)を日常的に読み、BBC(英)を観ますが、オーストラリアのメディアはほとんど読まないし観ません。
端から見ていて、十分愛国心はある方だと思いますが、「質を求めた自然な選択」なんだそうです。
そして、今この現象が英語と母語の二ヵ国語(以上)を解する人々の間で起っています。
国土が広く多くの現地語が存在するインドではヒンドゥー語を母語とする人とベンガル語を母語とする人が出会うと共通言語は英語です(つい最近までヒンドゥー語だと思っていました)。 結果、インド国内でも現地語ではなく英語で本を出版するケースが増えているのだそう、現地語で出版すると同じインド人(ただし母語が違う)にさえ読んでもらえないのだから当然といえば当然の選択。
英語のひとり勝ち
梅田望夫さんのブログで絶賛されていた『日本語が亡びるとき – 英語の世紀の中で』がようやくシンガポール紀伊国屋に届いていたので読みました。
キャッチーなタイトルから連想される予想とは裏腹に著者の主張は「日本文学を守ろう」なのですが、日本文学をまともに読んだこともない私はこの主張に対するコメントはあまりないので、本書の別の箇所に関する考察を行います。
著者の水村さんによる言語の分類は以下の通り。
現地語:ある地域で日常使われている言葉。 その土地の人々の母語の体系。 いずれ文字を獲得するとしても、基本は話し言葉。
普遍語:聖典など普遍的な叡智(えいち)を伝える、文字による言葉。 中世までのヨーロッパでは古典文学や聖書を読むためにギリシャ語とラテン語を習い、アジアでは漢語を用い、人々は叡智を共有した。
国語:グーテンベルグの印刷革命により普遍語の書物が普及し、叡智を求めるものは普遍語を現地語に翻訳し、話し言葉でしかなかった現地語が書き言葉として整備される。 小国が乱立していた地域がある程度まで統一され、域内の言語が一つにまとまり、国民国家が成立する過程で、「現地語」が「国語」に昇格した。
そして、20世紀にアメリカの繁栄の時代が到来し、資本主義の下、物・金・人が自由に世界を動くようになり、20世紀末期に起ったインターネット革命で情報が瞬時に世界中に伝わる時代になった現代、英語が急速に「普遍語」としての地位を固めている、という現状認識には全く同感です。
ここからは、私が日々考えていたことに、この本が示唆を与えてくれた点です。
アメリカが少しだけわかる本
11月4日(日本時間では5日)、アメリカ大統領選直後のブログでは選挙人の数しかわからなかったので、「フタを開けてみるとオバマの圧勝でしたね。」と書いたのですが(民主党オバマ:364、共和党マケイン:174)、実際の得票数で見ると全然圧勝ではありませんでした(オバマ:52%、マケイン:46%)。
The Economist : Signed, sealed, delivered
The Economistがwebsite上で実施した世論調査(世界中から誰でも次期アメリカ大統領はオバマがいいかマケインがいいかオンライン投票できる)の結果では圧倒的にオバマ支持でした。 The Economistの政治的立場はリベラルなので(→参考)、この差は当たり前と言えば当たり前だし、自国の国益を優先したいアメリカ国民とその他の国の利益が相反するのも当たり前なのですが、アメリカっていうのはやっぱりよくわからん(さらに言うと、キリスト教保守派っていうのが全くわからん)国だなー、というのが多くの人の感想かと。
そんな時に今話題(?)の『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』を読みました。 どんなことが書いてあるかは、ぜひこちらの目次をどうぞ。
「一身にして二生を経る」時代に生まれて
長らく私の「読みたい本リスト」に載っていた梅田望夫さんの『ウェブ時代をゆく – いかに働きいかに学ぶか』をようやく読みました。
書評としては遅すぎる気もしますが、better late than neverということで。
本の中で何度も出てくる「一身にして二生を経る」はウェブ時代という時代の大変革の最中にある現代を幕末から明治に生きた福沢諭吉になぞらえた言葉(下記、本より引用)。
福沢諭吉は、『文明論之概略』の緒言の中で、幕末から明治への変化について、「恰(あたか)も一身にして二生を経るが如く、一人にして両身あるが如し」と表現した。福沢は、その六十六年の生涯の「最初の半分」(三十三年)を封建制の江戸時代に、「あとの半分」(三十三年)を明治維新の時代に、まさに「一身にして二生を」生きた。
ウェブ進化という大変化に直面している同時代の私たちの生涯は、「一身にして二生を経るが如し」だと思う。
その大変革であるウェブ時代とはどういう時代かは、今までブログで紹介した『ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる』、『フラット化する世界』
、『富の未来』
あたりを読んでほしいのですが、その変化が目に見え始める時期とその変化の影響を受ける世代について次のように評しています。
歴史に残る名スピーチ
今日はみんな同じことを書く気がしますが、私も書きます。
昨日のオバマの勝利宣言スピーチはよかった(フルバージョンはこちら↓)。
BBC : Obama’s victory speech in full
私はビジネススクールもアメリカを避けてヨーロッパに行ったくらいなので、アメリカ礼賛主義からは程遠いのですが、そんな私でもこんなリーダーに”America can change”と言われると本当に変われるだろうなー、という気がしたし、こんなリーダーだったらついていってもいいかな、という気さえしました。
今日はこの素晴らしいスピーチを利用して役に立ちそうなことを2つ。
1つめは、パブリックスピーキングについて。
よく言われることですが、アメリカの政治・経済のリーダーのスピーチのうまさは日本の政治・経済リーダーのそれとは比べ物になりません。
「言葉の力で人種・性別・思想・信条が異なる多彩な人々を率いる」ことで鍛えられてきたからであり、似た者同士、仲間内のなあなあや密室会談でいつの間にか上にいたという人たちとは鍛えられ方が違うのだと思います。 逆に言うと、アメリカ人も初めからスピーチがうまい訳ではなく(人前に立つことが何よりも怖い、という人はそれこそ大勢いる)、訓練の賜物なんでしょう。
よし、選挙に行こう。
来週火曜日(11月4日)に迫ったアメリカ大統領選。
夫(オーストラリア人)が完全にハマっています。 ”It’s so entertaining!”だそうな。
毎日、毎日「コリン・パウエルがオバマ支持だよ!」(下記記事)
「アルカイダはマケイン支持だってさ。 ハハハ、マケインにとっては打撃だねー、でもマケインに打撃を与える目的だとすると本当はアルカイダはオバマ支持なのかなー?」(元ネタ不明だが一応、下記参考コラム)
・・・と実にかしましい。
CNN.co.jp : パウエル前国務長官、オバマ氏支持表明
NYTimes.com : The Endorsement from Hell
知らんがな・・・静かに応援してくれ・・・アメリカの選挙権持ってたら絶対投票するんだろうな、この人・・・(もちろん持ってません)
米大統領選が非アメリカ人をもこのように熱中させる理由は、もちろんテレビ、ネットその他メディアを駆使した一大エンターテイメントと化し全世界がリアルタイムで観戦できるからですが、やはり純粋にこれほどまでに今後の4年間(もしくは8年)の世界に影響を与える職種というのも他にないからでしょう。 8年間のブッシュ政権の間に世界も随分変わりましたもんね・・・
全世界の注目を集めているのだからさぞかし投票率も高いことだろう、と思って調べてみたら、「ベトナム戦争時以来の注目度」と言われていた2004年のブッシュ大統領再選時の選挙でも投票率は55.3%でした(Infoplease : National Voter Turnout in Federal Elections : 1960 – 2008)。 ふーん、そんなもんなんだ・・・
なお、オーストラリアでは投票は義務で行かないと罰金なんだそうです(よって、投票率は95%)。 夫はシンガポールに住んでからも、選挙の日はオーストラリア大使館まで投票しに行ってます。
若いアジア
最近仕事を始めて各種アジアの統計と格闘しているのですが、改めて驚いたことが。
なーんだ、そんなの知ってるよ、って方も多いと思いますが、アジアの発展途上国の平均年齢は軒並み30代前半か、下手したら20代なのです。
下の「続きを読む」をクリックすると表が現れますが、この表にあるアジア10カ国の中で何と年齢のMedian(= 中央値。 人を年齢順にずらーーーーっと並べてちょうど真ん中になった人の年齢)が私より上の国はわずか5カ国。 後の5カ国は人口の半分以上が私より若いのです。
なぜかこの表には日本が載っていないのですが、2008年現在日本の中央値は43.8歳(CIA – The World Factbookより)。 香港と並びダントツの高齢っぷり。
また、表に載っていない国も記載しておきます(いずれもCIA – The World Factbookより)。
ベトナム・・・26.9歳
カンボジア・・・21.7歳
ラオス・・・19.2歳
ネパール・・・20.7歳
国民の半分以上が20歳より若いって・・・ どんな世界なのか全く想像がつきません。
アイスランド破綻に思うこと
先週から北欧の小国アイスランド(注:アイルランドではない)が実質国家破綻状態に陥っています。
NIKKEI NET : アイスランド、民間銀を政府管理下に、金融非常事態を宣言
JBpress:アイスランド、国家破産の危機 銀行救済を巡る厳しい選択
IHT : Isolated Iceland wonders who to turn for help
The Economist : Kreppanomics
アイスランド(人口:31万人)といえば、2007年の1人あたりのGDPがUS$63,800と世界3位(日本はUS$34,300)。 金融自由化で世界中から投資を呼び込み、経済の優等生として国際競争力ランキングでも上位に位置し、大前研一さんが著書『やりたいことは全部やれ!』で絶賛していたことも思い出します。
最近はその神秘的な景観から映画のロケ地としても有名で、ヨーロッパ人の人気観光地として、私の友人も数多く観光で訪れていました。
そのアイスランドの銀行は同国のGDPの12倍(ブルームバーグ試算)に相当する約US$6.1bil.(約6兆1,600億円)の債務を抱えているらしく、到底政府(及び国民)が払える金額ではありません。

