Brexitが示すのは民主主義の限界か?

前回のエントリーには沢山のアクセスがあり、コメントくださった方、ありがとうございました。 先週のイギリス時間24日(金)の朝に国民投票の結果が出て、その後の混乱の中、ささっと読める記事を拾って25日(土)の朝に書いたものなので、当日のロンドンに住む残留派が受けた衝撃がよく現れている、と考えて頂いてけっこうです。

いろいろ補足はあるのですが、他に書きたいこともあるので一点、前回のエントリーのガーディアンのグラフからanti intellectualism(反知性主義)のくだり。 EU離脱の結果が出た直後にFT(Financial Times)サイトに寄せられた読者からのコメントが「簡潔に完璧に言い表している」と絶賛されて拡散されていました。

FT comments on EU referendum

三つの悲劇。
まず労働者層。 経済的に見捨てられてEU離脱に投票したのに、雇用や投資が失われて短期的に最も苦しむのは彼ら。 これから起こることは、遠くで届かないエリート達がまた違うエリート達に替わるだけ。
次に若者世代。 彼らは27ヵ国に住み働くという機会を逃した。 今の時点ではどれほどのチャンスや友情、結婚、どれだけのものが失われたかわからない。 すでに上の世代が残した債務に苦しんでいるのに、さらに祖父母や両親らによって、移動の自由が奪われた。
最後におそらく最も重要なことには、私たちが事実に基づかない民主主義(post-factual democracy)時代にいるということ。 事実がつくり話に出会った時、オーソン・ウェルズの小説に出てくるようなエイリアンの体に当たった銃弾のように跳ね返され全くもって役立たなかった。 マイケル・ゴーブ(注1)は「イギリス人はエキスパート(専門家)にうんざりしている」と言った。 でも、反知性主義が広がったとき、偏狭な考えに結びつかなかったことがあるなら誰か教えてほしい
注1:離脱派を率いたひとり、保守党右派、司法相。 今日(6月30日)キャメロン後の保守党党首選に出馬表明。

英語ではこれが当日から拡散されていたのですが、日本語では24日(金)時点では見当たらず、上記3つの悲劇の2番目「離脱派の老人 VS 残留派の若者」という点にスポットライトが当たって広がっていました(あくまで24日当日の話です、その後いろいろな分析記事も出たことと思いますが)。 これは「老人 VS 若者」という対立構造は日本では非常にわかりやすい、でもこれは「移民が来たから人が増えて困っている」構図と同じでわかりやすさの罠にはまっている、と思ったので、そういう単純な構造でもない、という指摘だったのですがいろいろ言葉足らずでした。

ところで、anti intellectualismは私が当初「反知性」と訳したため「人」を指しているのではないかという指摘がありましたが、正しくは「反知性主義」です(前記事を訂正しました)。 これの私の解釈は「データを見ないこと」、「事実ではなく観念・既存概念・フィーリングに基づくこと」です(注2)。 この例は、地動説を唱えたガリレオを宗教裁判にかけた教会から、子供が3歳になるまでは母親が子育てに専念すべきという3歳児神話まで枚挙に暇がありません。 学歴や収入と必ずしも比例するわけでもなく(相関はありますが)、年を取るにつれて自分の過去の経験に過度に頼ってしまい新しい事実を受け入れない傾向があるというのは自戒も含めて思います。
注2・・・統計・データに関する関連エントリー→『当事者性と専門性 – 1』『当事者性と専門性 – 2』『「イギリスは天気が悪い」をデータで見る』

そして「ロンドンには地方の思いが見えていない」、「一般庶民の現状への不信任」、「政治を動かすのは理屈ではなく感情だ」、「グローバリズムの恩恵を受けず疎外されていると感じている普段”聞かれぬ声”の存在が可視化されてよかった」という指摘は全くその通りだと思います。 日本語だとブライトン在住のブレイディみかこさんの一連の記事がよく空気を現しています。

じゃあ問題認識をしたところで次どうしよう?ってところなんですが、投票結果が出た後の数日に起こった動きを見ていると、ちきりんの2013年のエントリー『民主主義は死んでるけど、資本主義は超元気』を強く実感せざるをえません。
簡単に言うと「民主主義は動くのが遅い、資本主義は動くのが速い」んです。

■ 民主主義
国内問題:諸問題の解決は次のリーダーに任せるといってキャメロン辞任表明→総選挙へ→9月の総選挙待ち
EU:英「統一市場へのアクセスはキープした上で人の移動に制限かけたい」、EU「ふざけんな、物・資本・サービスの移動は人の移動とセット」→(現在のEU拠出金の比ではない)膨大なコストと時間をかけてどの落としどころに? ところでその膨大なコストを払うのは誰? 
スコットランド:「英連合国から独立してEUに残ろう!」→(国内にカタローニャ独立問題を抱える)スペインがNO→全加盟国の承認がないとEU入れない、どうするスコットランド?

■ 資本主義
– ロンドンにヨーロッパ拠点を置く銀行がオペレーションを大陸に移す準備をし始める(注3)→ロンドン市長、大急ぎで火消しに走る「ロンドンが統一市場から出ることはありえない」→えーっと、、、EUは統一市場と人の移動の自由はセットだって言ってますけど?
– ポンドが急落し歴史的な安値を記録→ロンドン中心部ではアラブマネーを中心に外貨が大量に不動産を買いに入った(注4)→またしても労働者から資本家に富が移動してしまった・・・(注5)

注3:FT : Banks begin moving some operations out of Britain
注4:The Independent: London property snapped up by overseas investors as domestic buyers pulled out after Brexit
注5:参照:『ほとんど問題にされない富の話』

速いですね、資本主義。 速すぎてついていけない。
一方の民主主義は・・・カオス(混沌)のひと言。 今回の件で、民主主義なしで経済発展を追求した、以前住んでたシンガポールをよく思い出します(注6)。 (最近どうなんでしょうか? シンガポール)
注6 :参照:『早すぎた自由民主主義の勝利宣言(?)』

ちきりんは、

最近は、自分の目の黒いうちに民主主義が機能する時代がくるとは思わなくなった。
代わりにこれからは、資本主義が唯一の(社会を変えていく)ルールとなる世界を見ることになるのかも。

って書いてますが、私にもそういう風に思えてきました・・・ おお怖っ!


4 responses to “Brexitが示すのは民主主義の限界か?

  • Nesta Alex

    参考になる記事を大変ありがとうございました。ポンド暴落便乗で$BPや$BTIなどをADRでシコタマ買えたのと、Wiggleでパーツが激安で買えるようになるので、大きな声で言えませんが、円から見るとサイコーです、とりあえず当面は。しかし、この1週間の馬鹿騒ぎは一体何だったんでしょうか?ローワン・アトキンソン主演で映画化して欲しいです。
    光速で動くマーケットは、もどかしい民意の形成を無視して勝手にヴァリュエーションを数値化するので、極東の最果てからは、せめてマーケットからおこぼれをいただくことで、この歴史的イベントを脳裏に刻み、次なるシナリオへの原資とさせていただきます。

    • ando

      データを見ないのが反知性主義なら所謂エリート階層にも、緊縮政策は非金持ち層を傷めつけると言う明白なデータ
      それによってたまる大衆の不満と言うデータを直視しなかったという致命的なミスがあります

      27カ国と言っても、英国より貧しい国が多いし、27カ国だけが世界のすべてではない
      ましてや英語ネイティブだ。優秀ならアメリカでもカナダでもオーストラリアでもシンガポールでもいけるだろう

      >EUは統一市場と人の移動の自由はセットだって言ってますけど?

      ブラフ
      なぜならEUにとっても英国はドイツに次ぐ大市場だから
      また経済水域に至っては7割が英国のため、そんな事をすれば大陸が孤立する

  • konta

    民主主義と資本主語のスピードの差、確かにその通りでなんとかしなければならない問題だと思います。

    あと勝手ながらこちらの記事を日記に一部引用させていただきました。お許しいただければ幸いです。
    http://anond.hatelabo.jp/20160703015423

  • Brexitと温故知新ー7月の本 | thinkyushu

    […] 一連の事態を受けて、日本語で読めるメディアは「若者vs老人」とか「高所得者vs低所得者」とか「知性主義vs反知性主義」など比較的シンプルな対立構図で分析を行っている。他方、Financial Timesのコメント欄では、原因も結果も非常に複雑な問題であることが指摘され、広く拡散されている投稿がある。(この投稿日本語訳については、 la dolceさんのエントリを参照) この投稿の背景については、後日同じ筆者がさらに詳しい記事で解説している。 […]

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