先日終わったプロジェクト(→『ロフトアパート・プロジェクト – 1』、『- 2』、『- 3』)では学校のディレクターと外部の現役デザイナーの前でプレゼンをしフィードバックをもらったのですが、こちらが拍子抜けするくらい誉められました。 「へっ? ”ここはもっとがんばって”とかないの?」って感じ。
全員が同じスペースを使ってデザインしたのに、16人いれば16色。 否応なしに個性が出ているのが本当に面白い。
私の場合、”coherent”(一貫している)、”believable”(本当にありそう)というコメントをもらったことが現しているように、ぶっ飛んだ要素がなく、無難にまとめ過ぎかなー、と思っていました。 クラスメイトの中には、緑の貴石を使って下からライトで照らし出したテーブル(左の写真)、ボート型のキッチン(写真は続きを読むをクリック)、空中に浮かぶベッドなど、wackyな(奇抜な)アイデアがいっぱいありました。 そういうwackyなアイデアがクリエイティブに見えるんですよねー
他人になろうとするには人生短すぎる
Google幹部の子どもが通う学校
シリコンバレーにeBayのCTOやGoogle、Apple、Yahoo、HP etc. テクノロジー企業の社員の子どもが通う私立小学校があります。
さぞかし最新鋭のコンピューターが揃っているのでは?と思いきや、この小学校では授業中にコンピューターを使うことは皆無、家での使用も控えるように指導されています。 使う道具は先生は黒板にチョーク、生徒は鉛筆とペン。 毛糸を使って編み物をすることもあれば、割り算の授業ではりんごやケーキをナイフで1/2・1/4・1/8・・・と切り分ける。
全米の学校が授業にコンピューターを導入する中で時代に逆らうかのような、Waldorf School of the Peninsulaという私立学校(全米に160校ある)の話がThe New York Timesに載っていました。
NY Times : A Silicon Valley School That Doesn’t Compute
テクノロジーの可能性や利点を知リ尽くしてるトップ0.1%に属するであろう人たちが、あえて自分の子どもには使用を禁止するには次の理由があります(私が『iPhone中毒症』で書いたように息子にiPhoneを一切見せないようにした理由でもある。 また我が家にはテレビはありません)。
iPhone中毒症
初めにお断りですが、私はかなり新しいテクノロジーにはオープンな方です。
ブログを始めたのはかなり早いし(→『私のブログ歴』)、TwitterもFacebookも早かったと思う。 「近頃の若いもんは〜」と言うタイプでもない。
そんな私でも「これはまずい」と反省する出来事があったので記録がてら。
息子が初めて私のiPhoneに興味を示したのは、「ガラガラ」アプリ(振ると鳴りカラフルな画像が動く)でした。 生後11ヵ月で指で画面をスライドさせるようになり(→『Zappingする世代』)、1歳で歩けるようになってからはちっともじっとしなくなったので、地下鉄やレストランの中など座っていてほしいときにiPhoneを渡すとお気に入りアプリで遊ぶようになりました。
直に、家の中でもiPhoneを要求し始め、1ヵ月ほど前に突如、操作能力が格段に向上し、私たちが助けなくても自由にいろいろなアプリ(お絵描き・読み聞かせ・ゲーム・音楽など)で遊べるようになってから、完全に取り憑かれたようになりました。
ロフトアパート・プロジェクト – 3
今日がシリーズ最終回、家具と素材について(『ロフトアパート・プロジェクト – 1』、『 – 2』)。
こちらがマテリアル(素材)ボードです。 インテリアの印象を決めるのに重要な床材や壁紙・ファブリックなどをクライアントに見せるもの。
デザインプロセスと並行してマテリアルのサンプルを集める必要があり、いざ手元に取り寄せるとプランが変わったりイメージと異なったり、なかなか難しいプロセスです。
ロフトアパート・プロジェクト – 2
昨日は、AlexとCorrineのロフトアパートを形容する言葉が、
AIRY(広々とした、新鮮な空気に満ちた)、CLEAN(すっきりした)、NATURAL(自然な)、ROMANTIC(ロマンチックな)、CHILLED-OUT(ゆったり・まったりとした)
決まったところまででした。
今日は私がプレゼンした内容を載せますが、ポートフォリオ(作品集)用に編集したりしていないので、まだ粗いままです。 転載不可、質問などあればこちらからメールでお願いします。
こちらがイメージボード。

ロフトアパート・プロジェクト – 1
学校で最初のロフトアパートのプロジェクト(4週間)が終わりました。 よく「どういうことしてるの?」と聞かれるのでアップしておきます。
学校はレクチャー(講義)を挟みながらプロジェクト形式で進みます。 実際のデザイナーの仕事と同じプロセスを経ながら必要な知識・スキルを学んでいくというもの。
ロフトアパートのプロジェクトは、私たちが使っているデザインスタジオ(北ロンドンの住宅街)のスペースをカップルが住むアパートにリノベートするという前提。
実際には、クライアントとのブリーフィング・ミーティングにおいてクライアントの機能的要件・生活スタイル・所有物・デザイン嗜好・予算などを細かくヒアリングするのですが、今回は仮想のクライアント。 カップルのうち1人は実在の人物を割り当てられるのでその人物のリサーチをし、後の条件などは自分で仮定します(機能的要件は箱の広さからある程度決まる)。
私のクライアントは英”Food & Travel”誌の編集長Alexと(ここからは仮定)彼のガールフレンドCorrine。
ノマドのアイデンティティー
今週はプロジェクトの締め切りで追われていましたが、先週ある1人の若者が私を訪ねてきてくれました。 早稲田大学5年生の成瀬くん、世界一周ノマドプロジェクトと題して世界中の起業家やノマドに会って話を聞きながら旅しているそうです。 シンガポールにいたときもNORIさんが来てくれたなー(→こちら)。
2時間くらいいろいろ話して記事にもしてもらいました(→こちら)。 今日は記事には載ってないのですが印象的だった質問で、インタビューが終わってからも考えたことを。
成瀬くんは旅に出る前にいろいろな人に旅の趣旨を説明したときに「ノマドという生き方(*1)にはアイデンティティーの問題がついてまわるから聞いてくるといい」とアドバイスされたそう。
*1・・・『未来の歴史とノマドの時代』参照
このアドバイスをされた方がどういう意味を込めたのかその場にいなかったのでわからないのですが、おそらく「日本人としてのアイデンティティーをどう保つのか?」「ノマド生活をするとアイデンティティーのない人間になってしまうのでは?」あたりの懸念じゃないかと思います(→成瀬くん、違ってたら教えてください)。
で、ちょっと考えたのですが、懸念のポイントが私の実感とズレてるような気がするのでそのことについて。
GENJIでSUSHIと未来を考えた
ロンドンでは”SUSHI”が本当にどこでも見られるようになりました。 今ではどこのスーパーでも売ってるし、サンドイッチ屋でも売ってる。 どこでも「見られる」だけで「食べられる」わけじゃないんだけどね・・・
大手サンドイッチチェーンのPret A Mangerの寿司はシャリがあまりにも機械で固められすぎて落下させたらはずむ、との報告まであります(笑、→『ロンドングルメ – 持ち帰り寿司食べ比べ、落ちても崩れぬ固さに絶句』)。
基本的に、世界のSUSHI業界は、少数の本物志向レストランと多数のなんちゃってSUSHIに分かれており、前者は日系、後者は中国・韓国など非日系が経営しているという人が多いと思います(農水省がスシ・ポリス設立してましたね・・・→『なんちゃって日本食レストラン』)。
今日はカリフォルニア・ロールなど寿司ではなくSUSHIとして知られるロール寿司で有名なGENJIをご紹介。 このアメリカではお馴染みの寿司テイクアウェイ・チェーンは日系で、イギリスのManaging Director(社長)を私の友だちYくん(INSEAD卒)がやっています。
愛ってなあに?
可愛くてたまらないもの発見。
アメリカで4歳から8歳の子どもに”What is love?”(愛ってなあに?)と聞いて返ってきた答え(英語版はこちら、日本語訳はこちら)。
“When my grandmother got arthritis, she couldn’t bend over and paint her toenails anymore. So my grandfather does it for her all the time, even when his hands got arthritis too. That’s love.” …Rebecca – age 8
“When someone loves you, the way they say your name is different. You know that your name is safe in their mouth.” …Billy – age 4
“Love is when a girl puts on perfume and a boy puts on shaving cologne and they go out and smell each other.” …Karl – age 5
“Love is when you go out to eat and give somebody most of your French Fries without making them give you any of theirs.” …Chrissy – age 6
“Love is what makes you smile when you’re tired.” …Terri – age 4
"You should…"とは言うべきではない
ちょっと前にTwitterで夏野さんが
日本人が議論ベタなのは議論上の意見とその人の人格を一体化したがる傾向があるからだと思います。
理由は簡単。論理性で負けるから必殺攻撃に出てるわけです。
とつぶやいて、その後盛り上がってました(『異端児こそサバイブしなければならない』書いたように夏野さんとは1年以上プロジェクトご一緒したことがあります)。
『技術やアイデア単体に価値はない』で引用した奥山さんも
面白いのは日本の議論の仕方っていうのが、何かと個人攻撃になってしまうこと。 これは日本の言葉の作りっていうものがどうしても目上とか目下とか、男性とか女性とか、自分の相手に対する相対的な位置を示す感情を表す言葉があるのに対して、英語とかイタリア語っていうのは非常に少ない言葉で情報の内容を的確に相手に伝える言語の作りなんです。 だから、誰が何を言うかってことは重要なじゃなくて、その話の内容の方が重要だって順序になってる。
とおっしゃってるので、確かに日本人にそういう傾向があるんだと思います。