旅における「本物体験」とは何か?

ルーマニアのマラムレシュシリーズ(→1, 2, 3)の最後に、今日は旅において「本物体験」とは何か、「本物体験」を多くの人が体験しようとするとどうなるか、ということを考えたいと思います。
「物より思い出」ということで近年「本物体験」が盛んです。 Airbnb(*1)でも宿のホストの他に「地元でしかできないユニークな体験をホストしよう」というサービスが新しく始まりました(→体験ホスト)。
*1・・・Airbnbについて初めて書いたのは6年前(→『おうち交換で格安旅行!』)。 その後、ゲストとしてもホストとしても利用しています。 まだアカウントを持っていない人はこちらから初回割引クーポンがもらえます。

私がマラムレシュ旅行で泊まったのもAirbnbでしたが、世界遺産の木造聖堂以外は観光地化されていないので、伝統工芸を見るのも乳搾りなど酪農体験をするのも日々の生活の営みとしてやっている人を見つけて、見せてもらうよう頼まなければなりません。 当然すべてルーマニア語・・・ 私たちが泊まった2軒目はホストの親戚がロンドンに住んでいてコミュニケーションは全部ロンドン経由。 Airbnbレビューに以前泊まったゲストが「山に羊飼いの小屋を見に行ったのが楽しかった」(*2)とあったので、私も山に羊と羊飼いを見に行きたいと頼んでみました。 そこには1週間滞在したのですが、頼んだのが滞在初日の月曜日。
*2・・・この地方ではほとんど家庭が零細農家であり零細酪農家。 牛・馬・豚・羊・鶏などの数種類の家畜をそれぞれ少数持っています。 家の近くの牧草地では牛や馬を放牧し、羊はプロ羊飼いが村の羊をみなまとめて山の上の方の牧草地に連れて行きます。 カルパチア山脈は今でも全ヨーロッパの6割の熊、8割の狼が生息していると言われ、熊や狼から羊の群れを守りつつ羊を放牧させるのは、さまざまな仕事をこなす農家の人と違い、プロ羊飼いの仕事です。

翌々日の水曜日に、「近所の農家の人で山に連れていってくれる人探してるんだけど、今は繁忙期で忙しいから誰も見つからない。 もしかして滞在中には無理かも・・・」という返事。 ああ、そうでした、ここの人たちは4月から10月のうちに1年分の食料と肥料をつくらなければいけないから(こちら参照)8月はもっとも繁忙期だよね。 暇な旅行者の相手してる人なんかいないんだわ・・・

と、諦めかけていた金曜日のお昼に「日曜日に連れていってくれる農家の人を見つけた。 朝10時に宿でピックアップね」と突然の連絡。 見つかって嬉しいのですが、信心深い正教徒・キリスト教徒であるマラムレシュの人の唯一の休日である日曜日はいろいろなイベントがある日、旅行者にとっては民族衣装を着た村の人が教会に向かう姿を見られるのも日曜だけだし(こちら参照)、ちょうど近所の村でその日曜にお祭りがあると聞いたところでした。 羊飼いが働いてるところも見たいし、お祭りも見たい・・・ そこで朝9時にピックアップしてもらって午後3時には宿に帰ってこれるようにお願いしました。 

日曜の朝9時、約束通り農家のトーゴさんが荷馬車で到着。 馬のあまりのデカさにかなりビビりつつ記念撮影。 トーゴさんは熱心に話しかけてくれるが、ルーマニア語なので何を言っているのかわからない。 とりあえず雰囲気で会話。

いざ出発! 村の中の舗装されていない道路を山に向かって進む。 日曜で農作業が休みだからなのか、村人はみんな家の前の庭で作業をしていたり休んでいたりする。 どの家の人も荷馬車を操るトーゴさんに挨拶を交わし、私たちに手を振ってくる。

朝10時、車なら15分くらいの距離を1時間ほどかけてようやく山の麓に到着。 一軒の小屋の前のベンチに座れと示されるので、まさかと思いきや、食べ物がたくさん出てきた。 何となく山の中の羊飼いの小屋で食べることを想像していたのだが、言葉が通じない。 ルーマニアはお茶のごとき位置づけで供されるパリンカ(アルコール度50 – 60度の蒸留果実酒)を盛んに勧められる。 盛んに勧められるのは慣れているのだが、朝10時にそんなに飲めるわけなく、私は一杯で「もう飲めない」と言い張り、断り切れない夫は3杯飲んでいた。 朝食を食べた直後なのでお腹が空いていない。 普段は10時出発のところを私たちが9時出発に変えてもらったので、ランチの時間も1時間早くなってしまったのだろう、と解釈。

朝10時半頃、荷馬車で山上り開始。 この時期のマラムレシュは日中の気温が連日34℃。 ロンドン生まれロンドン育ちのうちの子どもたちは暑さに慣れていないので日中はバテバテ。 遮るものがない山では太陽が容赦なく照りつける。 山の道は土なので馬車が通った後の轍が深く残っている。 1回、片輪が轍の中、片輪が外のままで荷台(及び乗っている私たち)がひっくり返りそうになった。 いやー、危ない、危ない。

昼の12時、山の中の一軒の小屋に到着。 羊の姿は一匹も見えない。 あまり食べられなかったランチを勧められたが、まだお腹が空いていないので断り、歩き始める。 炎天下の中、すでに暑くてへたっている子どもたちを励ましながら歩く。 早々に3歳の長女と5歳の次男が「歩けない」と言い出し、それぞれ私と夫が肩車をする。 7歳の長男は仕方ないのでがまんして歩く。 トーゴさんは相変わらずしきりに話しかけてくれるのだが言葉が通じない。 どうやら身振りで「羊は遠いところにいる」と言っている様子。 地面に落ちている羊の糞を注意深く探し、風を感じ、口笛で合図をしながら歩くトーゴさんの後ろを黙々と歩く。 とうとう出発から3時間半経っても羊の姿1匹見えないので、不安になり、ロンドンにいるホストの親戚に電話してしまう(幸い、山のそこのポイントからは電波が通じた、ポイントによっては通じない)。
ロンドン経由、トーゴさんに「羊はいつ見られるのか?」と聞いたところ「ベストを尽くして探しているけど、まだ見つからないのよ。 羊飼いは朝羊を連れ出して夕方帰ってくるまで、その日によって違うところを歩いているからどこにいるかは正確にはわからない。 あなたたちは3時に宿に帰りたいようだから無理だけど、夕方になったら帰ってくるから絶対見られるわよ」とのこと。 夕方まで探し続けるエネルギーはないし、マラムレシュ最終日なので近所の村のお祭りにも行きたい。

「携帯は持っていないの?」という無粋な質問が口から出かかるが止めておく。 羊の糞を探し、風をよみ、羊飼いに向けて合図の口笛を吹くトーゴさん、携帯を持っているならとうの昔に電話しているだろう。 子どもたちはもう歩けないので、私と子どもたちは一カ所に留まり、トーゴさんと夫だけで山に探しに行く、ということになった。 
探す場所を変えよう、ということで再び荷馬車に乗り、今度は山を下る。 午後1時半、私と子どもたちは山の麓近くの木陰で待って、トーゴさんと夫が2人で羊飼いを探しに山の中へ再び入って行った。 30分経っても帰ってこない。 すでに宿を出発してから5時間経過、たかが羊を見るのがこんなに大変だったとは・・・

もう見れないのかと諦めかけたその時、こちらに走ってくる夫の姿。 「見つけた、見つけた! すぐ近くにいる!」

その示す先に行くと・・・ いきなり10頭ほどの屈強な男、、、ではなく牧羊犬にささっと四方八方囲まれる。 チームで熊や狼を撃退するよう訓練されている彼らは敵らしきものを見つけるや否や対象を取り囲んで今にも飛びかからん勢いで吠え立てる。 勝手のわかるガイドといた私たちはよかったが、ペットの犬の感覚で近寄ってしまう観光客は危ないらしい(という情報は事前に仕入れておいたので、よかった)。 牧羊犬に慣れているトーゴさんが犬を何やらルーマニア語で諌めているのを見ながら背後からついていくと、谷のちょろちょろと水が流れる岩場に数十頭の羊・ヤギたちと羊飼いの男の子が休んでいた。

男の子はまだ15歳くらい、50 – 60歳くらいの男の人(たぶんおじいちゃん?)と2人組で10頭ほどの牧羊犬を操っている。 牧羊犬はいつしか吠えるのをやめて、羊と私たちの回りを囲むようにしておとなしく座っている。

羊は意外と近づいても平気な様子で子どもたちは触らせてもらう。 この羊たちはよく手入れされていて毛並みが綺麗。

「ありがとう、お仕事の途中ごめんなさい」と(言葉が通じないのだが)気持ちだけ伝えると、羊飼いのおじいさんが「さあ行くよ!」と牧羊犬に口笛で合図をした。 すると今まで座っていた犬たちが一斉に立ち上がり、遅れている羊たちをうながして隊にまとめあげ、周囲に均等に散って再び護衛に当たった。 羊飼いの男の子がきちんと整列した羊の群れの前に、おじいさんが群れの後ろに自らを配置して再び山へ戻っていった。

羊飼いと牧羊犬のその姿があまりに見事だったので、ビデオに撮ってしまった(私たちの声がめちゃくちゃ入ってます・・・)。
美しい・・・これぞプロの仕事・・・ 彼らはこうやって1日何キロ歩くのだろうか? 1年中、一生、こうやって山で過ごすのだろうか?

この時点で午後2時半。 羊を見れるまでに出発から5時間以上かかったが、遊びでも観光客向けでもない、真剣に山で仕事をしている羊飼いの仕事の現場を見れておおいに満足。 旅のハイライトでした。
なお、家族5人で6時間、荷馬車で山に連れていってもらってお昼のランチ付きで180 Lei(約5,200円)。 ランチ付きでこれは安すぎないか・・・

—–
さて、これを観光客向けにパッケージ化しようとするとどうなるでしょう?
まず、タイトルが重要ですよね、『羊飼いと登るマラムレシュの山!』とか?
途中の山小屋では羊の乳搾り体験を入れてもいいかもしれない、『羊飼いの小屋で乳搾り体験!』

ガイドはルーマニア語だと当然都合が悪いので英語も日本語もできるガイドに変えて、毎日催行にしよう。 でも最低催行人数も決めとかないと採算が取れないね。
村から山の麓まで荷馬車で1時間っていうのは長すぎるから途中まで車で送迎でいいかもしれない。
山道を馬車で上るのは轍があって危険だから保険をかけておかないとね。 荷馬車も落ちないように柵をつけた方がいいかな?
ランチは麓じゃなくて、山の見晴らしがいい小屋の前に木のテーブルとベンチを置いた方が雰囲気出るね。
ランチはチーズとベーコン入りのリッチなお手製パイなんだけど、ベジタリアンのお客さんがいたらどうしよっか?

せっかく羊飼いと羊を見るツアーなのに見れなければお話にならないよね。 決まった時間に羊飼い小屋まで戻ってきてもらうようにする?
オプションで村で絞った乳を使ってチーズ作り体験ってのもあり? 牧羊犬のトレーニングの様子も面白いかも。
ここまでするなら観光専用の羊飼いと羊たちが必要だし、多くの人を呼ぶための宣伝や体験ツアー催行の事務に経費もかかるね。
—–

どうでしょう?
多くの人に来てもらおうとパッケージ化すればするほど、手軽にアクセスしやすくなって有名にはなる一方、「本物」からはほど遠くなって、私たちのような旅人は去っていきますね(まあ私たちのような旅のアーリーアダプターが去ってもマスマーケットを目指す方が収益は出ると思いますが)。
私が「インターネットと格安エアラインが、地球上の僻地へのアクセスを容易にして、地球はどんどんCrowded & Discoveredになっている(観光客に「発見」され「混雑」している)」ということを書いたのは2009年ですが(*3)、ここにAirbnbを初めとする民泊が加わりました。 もはや僻地でもホテルすら必要としないのです。
*3・・・『Crowded & Discovered』

以前、『美しすぎる町の悲哀』という記事でクロアチアのドゥブロブニクのように小さくて美しい町は住人の数に比して観光客が多すぎて悲惨なことになっているということを書きました。 今はベネチア、バルセロナ、アムステルダムでも観光客が多くなりすぎて生活が乱されていると住民が怒りの声を上げています(*4)。
*4・・・参照:The Guardian: ‘Imagine living with this crap’: tempers in Venice boil over in tourist high season’‘Tourism kills neighbourhoods’: how do we save cities from the city break?’

「その土地らしさ、本物」とは何なのか、旅行者がその土地の住人に「本物」を要求してもいいのか、観光客におもねる(という言い方はあれだが商機を見いだし観光客が求めるものを提供する)とどうなるのか・・・旅を愛するひとりとしては、いろいろ考えさせられます。


Leave a Reply

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out / Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out / Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out / Change )

Google+ photo

You are commenting using your Google+ account. Log Out / Change )

Connecting to %s

%d bloggers like this: