「国民性」など当てにならない

昔、「日本の携帯が世界最先端をいっている」と自他ともに認めていた頃、日本の携帯インターネットサービスを海外展開する仕事をしていたことがあります。
日本の携帯キャリアがデータ通信によってARPU(Average Revenue Per User、加入者1人あたりの売上)を伸ばす一方で、欧米キャリアは下がり続けるARPUに悩んでいました。 その頃、欧米でよく聞かれたのが、ユーザーが携帯を使ってネット・ゲームなど電話・SMS以外のことを「しない」理由を「文化の違い」に帰結するものです。
よく言われたのが、
– アジアは公共交通機関が発達しているから移動時間が長い。 車社会では携帯を見ながら運転できない。
– 大きな体のアメリカ人・ヨーロッパ人は、小さな携帯画面見ながら”ちまちま”するのは合っていない。
– 日本人はガジェット好き。
– 日本は特殊だ。
・・・etc.
あの頃から5年。
えーーー、ここロンドンでは猫も杓子もiPhone。 みんな小さい画面を覗き込みながら”ちまちま”やってますが???
スマートフォンは完全にキャズムを超え、携帯でネット・メール・ゲームetc.は日常の姿になりつつあります。
iPhone以前の携帯ネットサービスがユーザーの行動を変えるほど魅力的でなかった、携帯で何でも済ます文化は日本(or アジア)の文化的特殊性に起因するものではなかった、ことが露呈したのでした。


話は変わり、2008年、私は『mixiとFacebook』『Facebookのめまぐるしさとmixiのまったり感』『Facebook時代の’keep in touch’』という3つのエントリーを書きました。
個人的には、私の周りが物珍しさもありFacebookにはまっていたのはこの頃がピーク、最近はつかず離れずな使い方をしていると思います。 一方、日本では「Facebookの実名主義が日本人に馴染まない」などと言われていました。
Facebookが日常生活のインフラになりつつあった今日この頃、突然、日本の友人から友達申請が続々と届き始めました。 そして私のトップページが今まで英語を中心としたカオスだったのが、どんどん日本語の占める割合が大きくなりつつあります。
(同じ経験をしている海外在住者は多いらしく、こんな記事が出てました→ NB Online : フェイスブックって古くない?
SNSはネットワーク外部性が働く典型例なので、今まで日本で流行ってなかったのは単に周りが入っていないと入っても意味がないからでした。
「国民性」などというよくわからない理由付けは当てになりません。 特に(以前も書きましたが)、大前研一さんの『グローバルリーダーの条件』に、

グローバルのプロジェクトに所属する個人の国籍は多様化しても思考はどんどん単一化している

とありましたが、この傾向はますます強まってきていると感じます。
日常的にグローバルのプロジェクトに参加していなくても、例えばヨーロッパでは国籍の違いや男女の違いよりも、人種・社会経済的地位の違いの方が事象を説明するのに相関性が高いことが多いです。
一方、『ボゴタ市長にならう – 人の行動を変えるには?』に見るように、すべての事象は説明できないけれど一般的な傾向というのはあって、次の事例なんかは面白いと思います。
『なぜ家庭教師ならOKで家事代行はNGなのか?』に書いたように、私のクリーナーさんはブルガリア人。 近所の日本人ママ友達に紹介したところ、彼女がまた別の日本人友達に紹介し、あっという間に日本人のクライアントが増えたとか。
よく言われる「日本人は他人を家の中にあげるのを嫌がる」という理由付けは、クリーナーさんを雇うことによるメリットの前に消えてしまったようです。 同時に「友達も雇ってるし」という他人を気にする気質が働いたような気がするのですが?


3 responses to “「国民性」など当てにならない

  • NS

    日本人(特に女性)の行動動機には ”皆がやっているから” が驚くほど大きいです。 これまでの人生、どちらかといえば ”皆がやらないから” の世界にいた私にとっては、子供が産まれてから、普通の(?)日本人女性との交流が増えて、目から鱗でした(苦笑) あー、日本人の行動パターン、これで大体説明がつく!とストンと理解。

  • りっちょ

    >人種・社会経済的地位の違いの方が事象を説明するのに相関性が高いことが多いです。
    もはや生活スタイルって国ごとに一般化できない。仕事や社会的地位で画一化されてきてる気がします。
    FBやiphoneなんかは使い方自体にも(地理的文化的違いより)人種・社会経済的地位の違いによってそれぞれのレイヤーで画一化されてるんじゃないかと感じます。
    上記はツールの普及に関してですが 飯とかコンテンツそのもに対しても文化の違い(文化的成熟性や価値観ベクトル)以上に上記相関性が強いような気がします。

  • la dolce vita

    >NSさん
    >日本人(特に女性)の行動動機には ”皆がやっているから” が驚くほど大きいです。
    「特に女性」とは思わないですねー、私の周りが変わってるのかもしれませんが。 社会規範から外れることへの恐怖は男性の方が大きいような。 女性の方があまり期待されてない分、好きなことしてる人が多い気がします(でも私の周りだけかも)。
    >りっちょさん
    >飯とかコンテンツそのもに対しても文化の違い(文化的成熟性や価値観ベクトル)以上に上記相関性が強いような気がします。
    そうかもしれないですね、社会経済的地位の高い人ほどhealth conciousだったり、organicに関心が高かったり。

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