記憶に残るのはどんな感情を抱いたか

People will forget what you said,
people will forget what you did,
but people will never forget how you made them feel.
– Maya Angelou
みんなはあなたが言ったことを忘れてしまう。
あなたがしたことを忘れてしまう。
だけどあなたに対して抱いた感情を忘れることはないでしょう（マヤ・アンジェロウ）。

この言葉を聞いたとき、だから私は空間をデザインする職を選んだんだ、と深くうなづきました。
日本にいた頃、といってももう8年以上も前ですが、『キャリアの下り方 – 1』に書いたような生活を送っていました。

30歳になる前に年収は大台に乗り、毎月海外出張して泊まるのは5つ星ホテル、出張先の移動はタクシー、食事はレストラン。　お給料が増えても出張中はほとんど経費が出るので使う暇がなく、出ていくのはほとんどいない東京のアパートの家賃くらい。　空港とホテルと客先のトライアングル移動する生活を複数都市で続けると時差ボケと運動不足でいつも疲れているので、移動中のタクシーの中から行きつけのマッサージの予約ばかりしていた気がします。　ちょっと時間ができてもホテルのラウンジでメールチェック。

ひたすら移動ばかりの生活でしたが、ここで多大な時間を過ごした場所が、無難で人間味がなく創造性が全くなかったこと、無機質な空間がいかに私の感情にネガティブに影響するか、ということに気づいたことが、ひとつのきっかけとなっています。

私は長期出張が多かったので、泊まるのはホテルよりサービスアパート（家具付き長期滞在者用アパート）が多かったのですが、これがひどかった。　無難な白かベージュでまとめたインテリア、チープな備え付けキッチン、食器類は99% IKEAのホワイト。　何十戸あるアパートの内装を効率重視でコストを押さえ大量購入できる備品で備え付けるとこうなるのでしょう。　3ヵ月滞在したトロントでは、会社の人以外、知り合いもいない街で空虚なアパートでスーツケースから服を出す気力も起きなかったことを思い出します。

そして出張族が異常な関心を示す空港ラウンジ。　疲れた顔して黙々とラップトップに向かう、圧倒的におじさんが多い場所なのですが、ここもそのプレミアム的なステイタスとは程遠い、温かさがないとげとげとした空間。　1日に数百・数千人が利用し、わずか数十分の滞在時間で去っていくのですから、アットホームさを求めるのは無理なのかもしれません。

最後に、出張とはあまり関係ないですが私はモールやハイパーマーケットなど、人間的なスケールではない人工建造物が苦手。　長男の妊娠中にいたシンガポール、つわりはなかったのに、当時オーチャード通りにできたIONショッピングモールに行くとなぜか気分が悪くなりました。　今振り返ってみると、外の空間と断絶された閉鎖的な空間や、やたらと歩かされる（歩行距離を長くしショップに導くため）顧客の都合を無視した動線、自然素材のない人工的なにおいに妊娠で敏感になった体が反応したのかも。

最近、新築マンションのショールームの仕事が続いていました。　人口が増えているのに住宅の数が圧倒的に不足していて不動産価格の高騰を引き起こしているロンドンでは、空前の建設ブームです。　でも住人が特定していないショールームでは、どちらかというとディベロッパーのブランディングやコストが優先され、何だか自分が嫌いだった空間をつくる方にまわっているような気さえしていました。

People will never forget how you made them feel.

感情の記憶と場所というのはとても深く結びついています（「失恋したら引っ越せ」って言いますよね、完全同意）。　子どもの頃育った家が今はもうなくてもセピア色の記憶として残っているのは、楽しかった子ども時代の思い出と結びついているからです。

この言葉を聞いて、使う人の感情を意識した、安らげる空間をつくらなければ、と初心に戻りました。