日を経るごとに「まずいなー、まずいなー」とハラハラしていたトヨタ問題、結局米下院での公聴会までBBCで生中継で観てしまいました、全部は観なかったけど。
豊田章男社長が自ら(猛獣のごとし、海千山千の)下院議員の前に出て真摯な対応を見せたことでバッシングの嵐はひとまず過ぎた感がありますが(これからは損害賠償訴訟の嵐か?)、今回の件はすべての(日本国外でビジネスをする/しようとしている)日本企業は魂の底から震え上がり、即刻、自社の研修システム・人事制度などもろもろを改革するきっかけになるほどのインパクトを持っていたのと思うのですが、日本ではそういう機運や報道になっているんでしょうか?
1. 日本企業全体が不審の目で見られた
最もまずかったのは欠陥車の製造により事故を起こしたことではなく、それが判明した後の初動の遅さと対応の悪さだったのだが、トヨタに限ったことではなく日本企業全体のコーポレート・ガバナンスの欠陥と認識されてしまったのが、まずかった。
この点に関してはThe Economistが簡潔・明快にまとめているので以下に要約(The Economist : Accelerating into trouble)。
日本の大企業は年功序列に基づくピラミッド組織で、悪い情報が下から上へと伝わりにくく、面目をつぶさないことを重んじるあまり、最も迅速に悪い情報を知るべき上層部から情報が隠されてしまう。 トヨタを含めた多くの企業では創業者の血を引くトップに疑問を呈することはありえない。 ヒエラルキーの一部を跳ばそうとするいかなる行為も背信行為、和を重んじる伝統的な企業文化の冒涜とみなされる。 会社間の人の移動がほとんどない(外部から雇用することは社内の和を乱すと考えられ、転職しようとする管理職は不誠実な”ジョブ・ホッパー”というレッテルを貼られる)ため、集団思考が蔓延している。 このため、企業は思い切ったアクションを取る能力に欠き、和を優先する文化は異なった視点を受け入れない。
トヨタの取締役会に外部者の視点が全くないことは際立っている。 29人の日本人男性(全員トヨタ社内からの叩き上げ)で構成され、社外取締役はひとりもいない。 ほとんどの日本の大企業(ソニーやイー・アクセスなど一部の企業を除く)は同様に多様性に欠け、実際、クウェートの方が日本より女性の取締役が多いくらいである。
私はトヨタが何百万台ものリコール車を出すに到った過程などはわからないけれど、その後の対応の悪さ・遅さ(「日本企業の隠蔽体質」という不名誉な呼び方をされてしまう)の背景には確かに上記のような要素が潜んでいると思います。 FTなども同様の論調でした、最近はThe Economist、FTの(特に日本関係の)記事はJB Pressが驚くべき速さで翻訳しているので、英語が読みにくい方はそちらをどうぞ(→JB Press)。
(記事を読んで、「欧米メディアだから日本バッシングをしているにすぎない」と思う人がいるかもしれないが、世界最高峰の政治・経済・ビジネス誌であるThe Economistはそんな甘っちょろいことをしたら、すぐに読者が離れていく。 また、世論形成に大きな役割を果たす欧米メディアときちんとしたメディア・リレーションシップができていない/能力がない、ことを露呈した結果でもあると思う。)
2. 国際的なゲームのルールに合わせるために時間の猶予はもはやない
日本的には、記者会見では上は下の用意した原稿を読むだけ、下が汗水足らして働き交渉しまとめあげた契約にはんこ押すだけ、なので創業家社長を議会の公聴会という公の場に引きずり出し、アドリブのQ&Aをやらせるなんてあり得ないことなのでしょうが、何か起これば即座にトップが矢面に立ち、まず事態を収拾(今回の場合、リコール決断)、その上で判明していること・判明していないこと含めてプロセスも透明に説明するというのは国際的な危機対応では当たり前。
ずっと前から当たり前だったのですが、今回は単なる一自動車会社という存在以上の意味を持つトヨタに起こり、経緯の一部始終を世界中が見ていた、という点で、もはやどんな企業も国際的なゲームのルールから逃げも隠れもできないことが嫌というほど明らかになったと思います。
ただ、このルールを理解し実行するために必要なグローバル人材の育成という点で日本企業は致命的に遅れています。 私はどちらかというと「日本企業が変わるのを待っていたら、変わる前に自分の人生が終わってしまうので、待たずに自分が活きる場に自分で動こう」という立場を取っていてこのブログもそういう内容が中心なので、あまり「日本企業よ、変わろう!」というメッセージを発信したりはしないのですが、今回は「ああ、もう時間の猶予も全然ないんだなー」と思いました。
「グローバル人材の育成」という課題には、大前研一さん(→『「出たとこ勝負」力を磨くには』)や黒川清さん他識者がいろいろ書いていますし、私があえて書くような内容も持ってないのですが、最近お気に入りのJMM(Japan Mail Media)の冷水彰彦さんの提言を引用しておきます。 別にこれができたからといってビジネスができるようにはならないのですが、「駐在員の仕事は日本から来る社内出張者の接待」のような会社が山のようにあるので一応・・・
(1)ビジネス英語などというものはない。雑談や文化談義ができず、パーソナルなコミュニケーションができなくては、小学生レベルの人格としか見なされず最初から負け。
(2)マナーや品格は、一対一のポリティクス(政治)であり、個別の心理戦に全て勝ち抜くべき。 より善良である」ことで相手を圧倒せよ。それが世界でのゲームのルール。
(3)日本人と一緒に海外出張するな。日本語の酸素ボンベを外せ。海外で毎晩日本食店に逃げるな。
(4)出張とは海外市場の偵察であり、外国人向けの観光やショッピングをしている暇があったら市井の息遣いに深く潜入せよ。
(5)常に国際摩擦の接点に立つこと。日本と外国のどちらかの一方的な立場ではなく、利害衝突の中心で痛みを背負うことが国際人材を育てる。
(6)各国に残る排外主義、自国中心主義のセンチメントを、「何故か」が分かるまでトコトン体感せよ。コスモポリタンなリベラルの感性は、その市場を代表しない。
(7)雑談時のデフォルトはナショナリストで結構。いわれのない自国や自国文化への中傷には徹底抗戦せよ。日本人を “They” と言うな。”We” とハッキリ言え。だが、根拠のある忠告や指摘は感謝しつつ受け入れるべき。
March 1st, 2010 at 5:06 pm
ヨウコ様の仰せ、ごもっともかと。
グローバルビジネスをしていくと、従来からのカルチャーやストラテジーまでが変革を迫られることになるんでしょうね。
#日本の庶民レベルで言うと、鯨食でしょうが。
もともと、海外ではセクハラなんかの文化(?)摩擦や、国内では労働争議の火種を抱えている会社で、
これまでは最終生産品の高品質での名声にもかかわらず、カルチャーの観点からはエクセレントカンパニー扱いをされていたのが私には謎でしたが、
不景気での広告費抑制のタイミングで、一挙に火がついたのがなんともかんともですね。
March 1st, 2010 at 11:57 pm
とても参考になるまとめで面白かったです。今回の事件はインパクトが大きかったけど、結果的にはすごくラッキーだったのでは、と思います。トヨタ本体の業績は大丈夫だし、車が悪いわけではないし、トヨタですらということで他の企業が学ぶし。ただ、アメリカで50年以上車を売ってきて(かつ近年ではメイン市場)、現地の小学生でもわかるようなトラブル回避のいろは(先手を打って話す、トップが表に立つ、むやみに罪を認めたととられる行動をしない、など)が身に付いていないというのはいったいどうやったら可能なんだろう、となんか不気味になりました。トヨタ社長が社員に対して涙をこぼした一件についても、被害者意識にとらわれるあまり、意思疎通のとれなさが問題だとはとわかっていないままなんじゃないんだろうか、と気になります。トヨタ車の評判は台湾では「最高」のままです。結果的にはよい事件になるといいですね。
March 2nd, 2010 at 11:34 am
la dolce vitaさん、
あちゃあ、冷泉さんのメルマガはブログに上げようと思っていて先越されちゃいました(笑)。まあla dolce vitaさんの内容ほど書く気も無かったんで良いんですが。
だらけた元駐在員としては、この冷泉さんが挙げた内容はいつも心しておく必要がありますし、例えば言葉が出来なくても、更に言えば国内の出張であっても、少なくとも(4)は出来るわけです。私がよく出張する人に言っているのは、「ショッピングでもいい、但しその辺にある普通のスーパーに行って何が幾らで並んでいるかを見るだけでも分かる事はある」というもの。日本でも地方に行けばそのスーパー自体が閉店されていることとか、何かが分かるはずですね。あと、日本からの出張者のアテンドでも良いんですが、私は少なくともそのアテンドに対して、一人は毛色の変わった現地の人との面談を出来るように考えていました。そうすると「誰を会わせようか」と考えることで自分が鍛えられるわけですよ。あと、(5)か(6)は分かりませんが、韓国や中国の人との食事の時、ある程度打ち解けたら、「ぶっちゃけ聞くけどさ、やっぱ日本人って嫌いなのかな?」と単刀直入に聞いて色々な言葉を浴びせて頂くとか(もうマゾですね)。で、それに反論したり同意したりして楽しむわけです。NYのタクシーでそれやって、喧々諤々の末、「お前はまあいい奴だな、これやるよ」と貴重な白紙のタクシー領収書の束を頂く、といったこともあるわけです。(1)についていえば、出来ないなりにネタは仕込んでおく必要があろうかと。日本だと中国や北朝鮮のことは知っているくらいに思っている人たちが多いですから、ある程度しゃべれることは必要ですね。
今回の公聴会についていえば、日本の報道はむしろ「そんなに厳しくなかったんではないか」というものが結構ありました。ある程度アメリカ側が配慮した、という話があったり、今日のダイヤモンドオンラインでは、「いや、そうじゃなくて捏造に近い」という記事まで出て(http://news.goo.ne.jp/article/diamond/business/2010030106-diamond.html)、何が本当だか良く分からない。ただ、最後は「地元議員の利益誘導」という矮小化した話で落ち着いてしまっていて、「じゃあこのままで良いの?」というところまでは行っていません。
この件はもう少し自分で考えているところです。
March 2nd, 2010 at 7:03 pm
それにしてもDirect questionにもう少しすっきりと答える練習ができないものでしょうかねえ。
デニス・クシニッチ議員がしびれを切らした以外は、皆さんkid glovesで扱ってくれた感じでした。
March 3rd, 2010 at 6:14 pm
>大手町さん
トヨタと関係ないところに反応してすみません。
>日本の庶民レベルで言うと、鯨食でしょうが。
これ(↑)はカルチャーを変えなきゃいけないという意味ですか? 鯨の話が出てくるたびに、「私の知ってる人、たぶん鯨食べたことある人ほとんどいないんですけど・・・」という報道と現実のギャップを感じます。
>Isaoさん
>トヨタですらということで他の企業が学ぶし。
私も「トヨタですら・・・」と思いました。 これ、他の企業に降りかかっても全然対応できないでしょうね・・・
>結果的にはよい事件になるといいですね。
そうですねー、でも日本で他人事のように流されてほしくないですけどね。
>ドイツ特派員さん
>今日のダイヤモンドオンラインでは、「いや、そうじゃなくて捏造に近い」という記事まで出て
この記事読みました。 原因解明は専門家に任せるとして、こういうことが起こりうる(実際起こった)市場が自社の最大の市場なんだということをよく理解した上で、社内人事なり体制なり決めるべきなんだと思います。
>tygertygerさん
>それにしてもDirect questionにもう少しすっきりと答える練習ができないものでしょうかねえ。
公聴会に呼ばれてからの付け焼刃練習では無理だと思うので、普段からのメディア対応トレーニングが必要なんでしょうねえ・・・
March 3rd, 2010 at 8:42 pm
> これ(↑)はカルチャーを変えなきゃいけないという意味ですか?
はい、そうです。
トイレが和式中心から洋式に”自主的に”変わっていったように、摩擦無く自然に変われば良いんでしょうが。
> 「私の知ってる人、たぶん鯨食べたことある人ほとんどいないんですけど・・・」
えっ、日本人で食べたことがある人って、実はあんまりいないんですか?
給食は一定年代以上に限られるとしても、おいしいですよ、はりはり鍋。
March 4th, 2010 at 6:27 pm
>大手町さん
>えっ、日本人で食べたことがある人って、実はあんまりいないんですか?
えっ、食べたことないの私だけ??? 全くないですよ、周りに聞いてみよっかなー?
March 5th, 2010 at 12:35 pm
リンクによると1982年生まれ移行でも、6割が鯨を食べたことがあるようですね。
んで、食べたことがある1/3がおいしいと思った、と。
でも、食べたのが竜田揚げ、ベーコン、カツみたいなので、ここらへんは戦後の蛋白の代用食ですから、
世界に喧嘩を売ってまで頑張って食べたいもんじゃないです、私には。
高級部位や料理ならどうなのかは、私は未経験なのでわかりませんが。
March 6th, 2010 at 2:22 pm
うーん。日本企業文化が男社会で、宜しくないのは確かだと思います。
いろいろ変わって欲しいですが、超一流大手企業の男性正社員の方々は、(ある程度安定した)地位と収入があるので、会社(or日本)がつぶれるまで変えない(変えられない、変えたくない)でしょうね。
>1. 日本企業全体が不審の目で見られた
これは、人種というか他民族、異文化に対する蔑視、無理解が根底にありませんか?米国運輸長官のコメントも。
日本人は、海外を羨望のまなざしで見る人が多いので、外国からの批判は大好きですが。
>欧米メディアときちんとしたメディア・リレーションシップができていない
広告費が足りないとのアピールでは。。。トヨタの外部有識者委員会には、民主党系政治家を招くようですし、総会屋対策と同じに見えました。
>2. 国際的なゲームのルール
欧米(白人社会)の基準ですよね。日本人は最初は異邦人扱いなので、そのルールに乗るのが良いとは思えないのですが、まあ、合わせざろうえないでしょうね。
>>「いや、そうじゃなくて捏造に近い」という記事
> こういうことが起こりうる(実際起こった)市場が自社の最大の市場
こういう解釈を見ていると、国際的=野蛮人相手の商売にしか見えないです。ガイジン見ていると、ガサツで汚くて臭いし、言い訳上手だし。
昔は、欧米人ってみんなカッコいい、と思っていましたが、仕事で付き合ってみると、単純で、別に優秀でもありませんでした。プレゼンや異文化コミュニケーション(=物事の単純化)に慣れていて、グローバルな活動には手馴れていると感じました(つまり、アジア担当なガイジンとしか間近に会っていません)。
でも、本当に優秀な人はすごいですね。遠くから見たことしかありませんが。
March 6th, 2010 at 8:08 pm
>大手町さん
リンクありがとうございます。
>同県は鯨漁の伝統があり,鯨料理を提供される機会が多いことから,他県出身者より食体験が多かった。
とありますが、そんなに食べたことある人多いんですね、知りませんでした。
>世界に喧嘩を売ってまで頑張って食べたいもんじゃないです、私には。
Me, tooです。 ただ、なんでそんなに捕鯨問題が騒がれてるのかもよくわかってないので調べてみます。
>appleさん
>人種というか他民族、異文化に対する蔑視、無理解が根底にありませんか?
そういうのを含めてマネジメントすることが世界市場に出るってことだと思うんですが。
>欧米(白人社会)の基準ですよね。日本人は最初は異邦人扱いなので、そのルールに乗るのが良いとは思えないのですが
Samsungは真剣にやってますし、最近は中国企業もやってますよ。 「ルールに乗るのがよくない」と言って鎖国できるほどの余裕がある企業があるんでしょうか?
March 9th, 2010 at 5:59 pm
コメントありがとうございました。
>>人種というか他民族、異文化に対する蔑視、無理解が根底にありませんか?
>そういうのを含めてマネジメントすることが世界市場に出るってこと
「世界」とひとくくりで良いなのかな、と思います。北米、EU、中国、インド….. と、それぞれ個別の事情があって、その中でも地域差がある。今回のトヨタは米国の政治家とマスコミが煽ってますよね。
>>欧米(白人社会)の基準ですよね。…そのルールに乗るのが良いとは思えない
> と言って鎖国できるほどの余裕がある企業があるんでしょうか?
鎖国して欲しいのではないですよ。慮って外国(のルール)に合わせてばかりではなく、もっと相手を変えていく(うまく利用する?かな)戦略が必要だと思います。こちらの立場も理解してもらう・認めてもらう、という程度で。日本人も、最近は交渉事をがんばっていますが、西欧や中国にはかないません。
いつまでも白人さんの横で言いなりになっている日本人ではいかん、もっと強かにならんと、と思っています(親米、嫌米、反米親中とかの議論じゃないですよ)。この辺、la dolce vitaさんと感覚が違うだろうな、とは思います。アジア人の男ですし。
#冷水彰彦さんの提言は、ごもっとも。
アジアの男なんて誰も興味を持ちません。何か”売り”があって始めて存在が認められます。まずはマイナスの立場(というか存在自体が認められない)ところからスタートなんです。