国を出る企業と追う税務当局

『お金持ちが逃げてしまう国』というエントリーに、

私は常々、日本に住む日本人にとって一番恐ろしいシナリオは、日本という国(の制度)を見捨てた日本企業が外へ出ていってしまうことだと思っていました。

と書いたら、

本気で日本を出ていく気概のある日本の大企業ってどのくらいあるだろう。。。か。

というコメントをもらいました。 へーーー、あんまりいないのか・・・
FT (= Financial Times)で、税金の高い国を出る企業と、追う税務当局の記事を読んだのでご紹介(FTは無料登録すると月10本の記事まで読める、それ以上は有料)。 以下、記事の要約。

KPMGが行ったイギリスの大企業50社への調査によると、企業の税法上の本社をイギリス国外へ移そうと検討している企業は2007年の6%から2008年には14%に上昇した。
税金が企業活動を行う場所の選択に影響を与えると回答した企業は2007年の26%から2008年には22%と、不況の影響でわずかに減少したものの、無視できない割合の企業が税金に敏感である。
イギリスの法人税制はフランス、ドイツ、米国などに比べると競争力があるが、アイルランド、オランダ、ルクセンブルクに比べると劣り、これらの国は魅力的な税制で海外からの投資を呼び込んでいる。
(FT : More big companies consider UK tax exodus(2009年1月25日))

税削減のため税法上の本社をイギリス国外に移した企業は、本当に企業の重要な決断を行う地が移転したかどうか、移転後何年も経ってからHM Revenue & Customs(イギリス税務当局)より厳しい捜査を受ける可能性がある。
たとえ非イギリス居住者の取締役による取締役会がイギリス国外で開かれたとしても、もし重要な決断がイギリス国内で行われたという証拠(出張スケジュール、E-mail、電話会議の議事録などにより)があれば、その企業はイギリスの居住者(従ってイギリスに納税義務あり)とみなされる。
税法上の本社を国外に移そうとしている企業は、企業の”Command & Control”(指令と制御)が海外に移ったという微に入り細にわたる証拠を残すよう、弁護士からアドバイスされている。 とりわけ、決断が下されたときにシニアマネジメントがどこにいたか詳細に調査される可能性がある。
(FT : UK corporate exiles face years of tax scrutiny(2009年10月11日))

イギリスはアイルランドやオランダなどすぐ近くに魅力的な税制の国があるので本社を移しやすいのでしょう。

私はまさに「世界5大陸に散らばったオフィスを、親会社(持株会社)傘下に最も税効率の良い形で子会社を配置する」という企業組織改革のプロジェクトをやったことがありますが、最難関は、めまぐるしく変わり租税条約が相互に入り組む各国の税法でした。 私たちは経営アドバイザーで税務はできないので、税務アドバイザーに依頼したのですが、2日間みっちりレクチャーとアドバイスを受け知恵熱が出そうでした(特にこのプロジェクトの場合、私企業でオーナーがそれぞれ異なる国に住んでいたため、個人の税法上の居住地のキャピタルゲイン税と配当税も絡み問題は複雑を極めた)。
とにかく各国政府の税法がめまぐるしく変わること、変わること。
先進国はどこも外国投資を呼びこみつつ、国内の優良企業(高額納税企業)をタックス・ヘイブンに奪われないようにしながら、金融危機で膨大に膨らんだ政府赤字削減のため税源を確保するのに必死です。
長い目で見ると、『未来の歴史とノマドの時代』で紹介した『21世紀の歴史 – 未来の人類から見た世界』でジャック・アタリが言うところの「超帝国」になるまでの過渡期だという気はしますが・・・
ひとつ言えることは、「これからは複数国の税務がわかる国際税務アドバイザーの需要が急増する」ということ。
楽しい仕事かどうかは疑問ですが(笑、でも依頼した税務アドバイザーは「これぞ天職!」と楽しそうでした)、高度な知的労働の専門職で、(別の仕事をしながら最新の各国税法を追うような神業は無理なので)相当高付加価値な職業であることは間違いなし。
絶対お勧めです。


5 responses to “国を出る企業と追う税務当局

  • lat37n

    日本を出ていく=本社を動かす、だったら、やっぱりなかなか日本の会社には難しいと思います。上記の記事の中にもあるように、実態を伴わない箱だけの海外「本店」というのは税務上認められない以上、本部機能をアジアに全部うつして、そこで意思決定を全部する。。。ような思い切ったことを、できるかって話だから。もっとも、税金をおさめているのはほとんど海外で、「Corporate」だけが日本、製造も販売も世界のどこか、っていう会社は今後増えていくかもしれない、というか、ていうかそれが勝ち組の姿ですけどね、きっと。
    アメリカは、オバマ政権になってから一気に、多国籍企業の過度なタックスセービングにプレッシャーをかける方向で、アメリカの多国籍企業の本格的「アメリカ離れ」を心配する声も出ていますね。日本は逆に、日本企業の海外子会社からの配当の益金不算入で、実質減税ですが、これは海外で稼いだキャッシュを日本国内に取り戻したい故の措置でしょう。一方、アマゾンがつい最近まで日本にPE(恒久的施設:タックスがかかる固定の)を持っていない、と言っていたことで、140億円の追徴課税を受けるなど、「日本に落とすべきものを落としてくれない外国企業にはガツンと言う」方向性もあります。というように、税制の動きは国の方向性そのもの。
    http://japan.cnet.com/news/biz/story/0,2000056020,20396168,00.htm
    国際税務というエリアはおっしゃるように、少なくとも英語と母国語が出来て、一生続く制度アップデートと長時間労働(時差労働含む)に耐えうるひとならばお勧めですね。専門性が高いから、息の長い仕事です。移転価格とかやるならば、会社のビジネスの構造そのものからかかわることになるので、知的刺激もあると思います。
    そういえば、私も結局、アメリカから」帰って来てから勉強しているの、税務ばっかりです。。。
    そこまで堅苦しくない国際税務の話としては、幸田真音の「タックスシェルター」が面白かったですよ。

  • brainchild

    国際税務アドバイザーの需要は急増しそうですねー。
    私も業務上、例えば「どの国の工場で」「どの製品を」「どこをターゲット(国内or輸出)に生産・販売するか」などの提案を税務上の観点から行なうことがあります。
    その際、各国の税法だけでなく、EPA、経済特区、保税会社のステータスの有無などはもちろん調査するのですが、その国の税務当局の透明度・清潔度のようなちょっと調べたくらいでは分からないことも気になってきます。そんなとき、「各国の税務に長けた人にご教授願いたい!」と思うことがしばしば。
    …が、いっそのこと自分がなってやろう、とまではやっぱり思わないですねぇ。需要は間違いなくあるのでしょうが…。

  • Noriko Tanaka

    いつもブログを拝見させていただいており、ブログの内容にはいつも知的刺激を満たされるものばかりで、勉強になります。
    出産後はフルタイム労働からは随分かけ離れておりますが、以前から移転価格税務の仕事をしております。
    確かに、国際税務、各国の税制の仕組みのみならず、語学力、幅広い経済知識(実際、移転価格のスペシャリストは、MBAホルダーよりも、経済学のMasterやDoctorの学位を持っている人が多い)が問われてます。
    ただ、業務の大半は多国籍企業の税務問題の解決で、そこでは、バックに居る国同士の利害調整(例:日米税務当局同士での話し合い等)に神経をすり減らすことが多く、今のように不景気な状態では、他の国の企業からも奪い取ってやろうという、業務と関係なく経済的に非合理な動機も見えます。言うまでもなく、日本企業は海外でその標的になることが多く、outbound(日本が本社で、日本から海外への取引)な取引に関しては、そういったことのdefenseを含めた、国際税務の需要は多いです。
    PS まだ自身のブログのContentsが少ないのですが、ぜひ、自身のブログのLink先として、いつか、登録させて下さい。

  • la dolce vita

    >lat37nさん
    >本部機能をアジアに全部うつして、そこで意思決定を全部する。。。ような思い切ったことを、できるかって話だから。
    まあ、普通に考えるとそうですね・・・ 薦めてる人もいますが・・・
    >アメリカは、オバマ政権になってから一気に、多国籍企業の過度なタックスセービングにプレッシャーをかける方向
    そうそう、シンガポールや香港もブラックリストに載って焦ってましたよね。 そう言えば、シンガポール政府はさらなる多国籍企業誘致のため、条件を満たした企業には法人税10%というプログラムを開始した、と聞いたのですが、政府発表資料が見つからず探し中。
    >日本企業の海外子会社からの配当の益金不算入
    へー、知らなかった。 Amazonの140億円追徴課税は衝撃でした。
    >一生続く制度アップデート
    (↑)これはその通りなんですが(私には無理・・・)
    >長時間労働(時差労働含む)
    これは、専門家として個人がエスタブリッシュされれば避けられるのでは? 依頼した税務アドバイザー、個人でやってるけど、こちらのprestigiousな弁護士事務所とほぼ変わらないフィーをチャージしてたし、ホリデー中のビンタン島からテレカンしてた(もちろん、個人事務所だからホリデー中まで働いてかわいそうに、という見方もあるけど、私は「へー、本当に電話とPCさえあればどこでも仕事できるんだ」と感動した)。
    >私も結局、アメリカから帰って来てから勉強しているの、税務ばっかりです。。。
    監査もできる国際税務アドバイザーなんてどうでしょう? そこまで専門性が高まるとカリフォルニア復帰できそう!
    >brainchildさん
    >その国の税務当局の透明度・清潔度のようなちょっと調べたくらいでは分からないことも気になってきます。
    私がやったプロジェクトは各地域本社の所在地を検討対象としていたので、基本先進国でしたが、そういう観点だと途上国を含みますよね? そんなに広範囲にカバーしている人はいるのだろうか?(だいたい途上国だと税法自体ちゃんと決まってなさそうなんですが)
    >…が、いっそのこと自分がなってやろう、とまではやっぱり思わないですねぇ。
    その通り。 フルタイムの仕事の片手間でやろうと思ってもできる分野ではないところがミソ。
    >Noriko Tanakaさん
    >今のように不景気な状態では、他の国の企業からも奪い取ってやろうという、業務と関係なく経済的に非合理な動機も見えます。
    >言うまでもなく、日本企業は海外でその標的になることが多く
    なーるほど。 私は日本絡みの仕事から離れてしまったのですが、本当にそうなんでしょうね。
    ただ、アメリカ・イギリス・オーストラリアもシンガポールなどと比べてしまうと法人税が高いので、状況はどこの国も似たり寄ったりなのかと思います。
    とにかくおっしゃる通り幅広い経済知識が必要で、熱が出そうになりました。
    >まだ自身のブログのContentsが少ないのですが、ぜひ、自身のブログのLink先として、いつか、登録させて下さい。
    ぜひぜひ。 歓迎です〜

  • Y.S

    日本でも、経理(会計・税務)は食いっぱぐれが無い、と言われています・・・・て、そんなレベルの話じゃないですね。
    会計士の話をしてるのか、海外版税理士でも存在するのか、どこにいる人たちの話をしているのかもわからないですね。
    希少だから需要がある、だけど、それが好きじゃなかったらキツいですよね。
    他の方のコメントにあるように、時間をたくさん割くことになりそうですし。
    >一生続く制度アップデート (私には無理・・・)
    MBAって、経営を担当して、会社を潰してはいけないというプレッシャーも凄いと思うんですが、人それぞれ、ということでしょうか。

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