私は「民族紛争」に昔から非常に興味がありました。 大学の卒論では当時最も複雑な民族紛争と思われたユーゴスラビア内戦前の状況を分析したくらい。
興味がある理由は長くなるのでやめておきますが、当然のことながら新疆ウイグル自治区で先週起った暴動もずっとニュースを追っているのですが、やはり本当は何が起ったのか、なぜ起ったのか、まさに事件が起っている瞬間ってわからないものですねー ナシームも『ブラック・スワン』でさかんに「頭上で起っている戦争のことは誰もわからない」、そして歴史は「発生した事実を、後から振り返って、ある文脈で解釈すること」であり、常に後講釈による歪みや曲解を生むと言ってましたが、そうなんだと思います。
そして、多民族国家でありながら民族間の緊張はほとんどない国を造り上げたシンガポール政府を改めてすごいなー、と思います(「ほとんどない」であり、個人レベルでは偏見・敵意いろいろあるだろうとは思う)。
中国系住人が多かったシンガポールは1965年、マレー人優遇を進めるマレーシア(*1)から追い出されるように分離独立しました。 多民族融和が国家存亡の肝になることを認識したリー・クアンユーが行った政策のひとつが、民族別の居住エリアを作らせないこと(初代首相であり現Minister Mentorであるリー・クアンユーは非常に尊敬されており、彼の伝記本は今でも数多く書店に山積みにされています)。 具体的には国民に安価な住宅を供給することを目的に建設したHDB(公団、今はシンガポール人の8割以上が住む)に、民族ごと(中国系、インド系、マレー系)に(人口上の民族構成に従い)入居の割合上限が決められています。
*1・・・2週間前の6月30日、マレーシアが上場企業のブミプトラ権益(マレー人優遇政策)規定を撤廃しました。 極めて大きな出来事。
マレーシアナビ!:上場企業のブミプトラ権益規定を撤廃
民族別に居住地域が分かれると、失業率の高い地域は治安が悪化し、ヘルスケアや教育施設も悪く、そんな地域で育った子どもは周りにロールモデルがないのでドラッグにはまるしかなく・・・という悪循環は欧米先進国の各所で生まれています。
賛否両論はあるでしょうが、政府が有無を言わせず、もともと民族別に分かれて住んでいたところを、HDBへの入居をうながし強制的に混在させたことが、現在に至る共生につながっていることは事実でしょう。
また、誰の母語でもない英語を教育の主要言語としたのも、特定の民族に有利にならないようにするため(もうひとつの理由はもちろん世界の共通言語だから)。 ある日突然(なのかな?)、英語で授業が始まったシンガポール国民のショックは想像するに余りありますが(*2)、この話を知ったとき「国の言語って自分で(政府で)決めていいんだー」と考えたこともない事実に気づきました。
*2・・・よって、今でも家庭で話す言語と学校で習う言語が違う国民は多い。 家庭で話す言葉が違う「移民」が多いのは普通ですが「国民」が多いのです。 なんじゃ、そりゃ?
余談ですが、永住権申請のときにRace(人種)という欄があって選ぶ必要があり(身分証明となるIDカードに印刷される)、私のRaceは”Japanese”(日本人)です。 夫のRaceは”Caucasian”(白人)なので、一致してない(一方は民族、一方は人種)。 「・・・っていうか”Japanese”ってRaceじゃないよね?」なのですが、政府が人口比に気を使うのは中国系、インド系、マレー系の3民族だけなので、私たちはどうでもいいのでしょう。
そして、このIDカードに人種を印刷するのは他の国では差別を助長するとして違法じゃなかろうか?(このIDカード、指紋も印刷されているという、おどろおどろしい代物)
以上のように多民族共生に果敢に取り組み成功しているシンガポールですが、中国系、インド系、マレー系の間の組織的な軋轢はないわりには、3民族間の結婚はあんまり見ません。
インド人は本当にインド人としか結婚しないなー、ってのは前書きましたが、マレー系もそうなんだろうか?(マレー人の友達がひとりもいないのでわからない)
中国系シンガポール人は外国人との結婚はかなり多いです。
July 15th, 2009 at 1:03 pm
本当にそうですよね。私もリークワンユーはすごい人物だと思いますが、何が一番すごいかと言うと、民族間の緊張をこれだけ抑えているところ。強制的に住む場所を決めるなんて無茶な、と思いますが、それでうまくいってる。
対して自由平等博愛が(自由が一番目にもちろん来る)主義のフランスではあのていたらく。社会に不満を持つ若者が車に火を放つあの国と、社会的束縛は多いけどみんな仲良く暮らすこの国。どっちが幸せなのだろう。
July 15th, 2009 at 10:55 pm
こんにちは。民族の話とちょっと違いますが、アジア各国の政治不安はシンガポールにとってメリットになる、と以前聞いたことを思い出しました。 マレーシアやタイの政治不安、インドネシアでのテロや汚職について詳しく報道することでシンガポール国内の政治批判を回避し、隣国と比べて安定的な国であるとの評価を人々に与えることができる、のだそうです。隣国より安全、よって国内の多少の民族間の不満も我慢しよう、と考えさせる意図もあるかもしれません。
そのときちょうどバンコクの空港が閉鎖されていたときだったのですが、「バンコクの空港閉鎖によるシンガポールへのメリットはどれだけだと思う?」と聞かれ納得しました。
July 16th, 2009 at 8:39 am
>るちょーるさん
>対して自由平等博愛が(自由が一番目にもちろん来る)主義のフランスではあのていたらく。
パリのbanlieu(郊外)はあの暴動以来、本当にひどいみたいですねー パリに住んでるフランス人に聞いても「問題になっているbanlieu付近は行ったことないからよくわからない」と言っていたので、住人以外誰も近づかないんでしょうね。 民族ごとに居住地が分かれてしまう怖さを感じました。
>ykさん
>マレーシアやタイの政治不安、インドネシアでのテロや汚職について詳しく報道することでシンガポール国内の政治批判を回避し、隣国と比べて安定的な国であるとの評価を人々に与えることができる、のだそうです。
考えたことありませんでした。 シンガポールのメディアは規制が強くて政府色が強いので見ない・読まないので。 私だったら、タイはともかくマレーシアとインドネシアに政情不安があったら飛び火することを心配すると思うんですが・・・
July 18th, 2009 at 8:41 am
自分もこれだけ多民族が共存しているシンガポールは世界の模範にもなるのでは?と考えてます。彼女が以前Prime Minister Officeで働いてましたので面白い話題ですので話しを振ってみました。以外と個人的にも政府(中華系)でもマレー系、インド系に対しての警戒感を持っており、政府でも中華系の優位性を守ることを考えているようです。
具体的には永住権は中華系(中国人、台湾人等)は簡単に取れるが、マレー、インド系には厳しい。面白いと思いましたが白人男性はマレー、インド系の彼女を作ることが多いと政府は考えているようで、白人男性にも厳しいようです。また学歴社会のシンガポールですが、政府の奨学金は中華系のみに与える。政府の戦略的な仕事は中華系に限る、政府でマレー系、インド系が働いているのは受付くらいじゃないの?との事。
また徴兵でもマレー、インド系は軽武装の警官にまわし、軍隊には中華系を持ってくる等、中華系である現在の政府は中華系の優位性を守る政策をとっているようです。これが表に出ないところで、現実的、具体的な政策をとっていることがシンガポールの強さであり、非難をされるところなのでしょう。
July 19th, 2009 at 10:21 am
>Masaさん
内部者の貴重な声、ありがとうございます。
>永住権は中華系(中国人、台湾人等)は簡単に取れるが、マレー、インド系には厳しい。
これはよく聞きます、マレー系とインド系に比べ中華系は出生率が低いので放っておくと人口比で減ってしまうんですよね。
それにしても、open secretというか、れっきとした差別ですよね。 まあ、IDカードに人種を載せる時点で分かっていたことですが。 一党独裁である限り、この危ういバランスが続くのかなー?というのは非常に興味あるところです。
August 27th, 2009 at 5:56 pm
アメリカでも、よく人種を記入する書類はありますが、日本人という選択肢がやはりあったような気が。(笑)
余談ですが、日本はアジアにありながら特殊らしいですよ。ハンチントン氏の『文明の衝突』で世界を文化圏で大別したときに、日本だけどこの文化圏にも入れられず、7番目だか8番目だかの文化として設定したという記述があったように覚えています。(昔なので少し曖昧(苦笑))
シンガポールは国の規模的にもいざこざが起こりにくいのではないでしょうか?
政策が効を奏しているのは当然ですが、中国の規模と比べると、コントロールしやすい人口と民族比率だったのでは、と思います。
August 28th, 2009 at 9:48 am
>かんさん
>アメリカでも、よく人種を記入する書類はありますが、日本人という選択肢がやはりあったような気が。(笑)
あ、そうなんですか。 人種を記入する書類っていつも「ハーフはどうすんだ?」と思うんですが、どうしてるんでしょう?
以前、One-drop ruleというエントリー書きました(↓)。
http://www.ladolcevita.jp/blog/global/2008/11/onedrop-rule.php
>シンガポールは国の規模的にもいざこざが起こりにくいのではないでしょうか?
>政策が効を奏しているのは当然ですが、中国の規模と比べると、コントロールしやすい人口と民族比率だったのでは、と思います。
もちろん国が統治しやすい大きさというのは大きいですが、歴史的に見ると決して「いざこざが起りにくい」ことはないですし、「いざこざが起りにくい民族比率」というのは存在しないと思います。 マレーシアは完全にメルティングポット(マレー系60%、中華系30%)、タイはタイ人90%以上なのにどちらも頻発してますからね、インドネシアは言わずもがな。
August 30th, 2009 at 12:32 am
ハーフ(?というか、混合人種?)は該当する選択肢を全部選択するのが普通みたいです。
でも、選択しない(教えない)という選択肢もあるみたい。(笑) そこいら、個人重視のアメリカだな~と思います。
子供は我が家もハーフ?です。というか、主人はデンマークとアメリカ(東欧とイギリス他ヨーロッパ血統色々)のハーフなので、日本のハーフ、デンマークのクオーター、アメリカのクオーターというところ。雑種のアメリカ人といえばそれまで。(笑)
そして、家庭内での言語は、日本語と英語ですよ。日本人には違いないので、日本語はしっかり、というところ。私の周囲では、母親が日本人の場合は、ハーフであっても、休暇期間に日本で体験入学をさせるご家庭も少なくありません。
いざこざが起こりにくい民族比率はない、というのは同意できます。でも、人口規模はどうなのかしら。
確かに、二人以上いれば、いざこざは起こりますものね。(苦笑) やっぱり、どっちも関係ないのかしら。
私も、スリランカやインドネシア、タイ、中国に親しい友人がいるので、そういう動静には敏感ですが、留学せずに日本にいるままだったらまったく気にしなかったかも、と思います。
September 1st, 2009 at 12:01 pm
>かんさん
>ハーフ(?というか、混合人種?)は該当する選択肢を全部選択するのが普通みたいです。
あ、複数選択OKなんですね、納得。
>私の周囲では、母親が日本人の場合は、ハーフであっても、休暇期間に日本で体験入学をさせるご家庭も少なくありません。
私の周りにもいます。 日本に体験入学させてくれる学校があるってことも知りませんでした。
私はまだまだ先の話ですが、また詳細教えてくださいませ〜
>いざこざが起こりにくい民族比率はない、というのは同意できます。でも、人口規模はどうなのかしら。
人口はもちろん小国の方が統治しやすいと思います(面積が小さいのも)。 また島国だと、出入国のコントロールはしやすいですよね、泳いでくる(逃げる)強者もいますが。
September 1st, 2009 at 4:06 pm
アマゾン流域なんかは近代すごい混血が進んでいるので同じ両親から生まれてくる子供の顔がみんな違う!これぞMelting Potという感じですw
多民族共生といってもあまり混血が進んでいないところはSlad Bowlというようですが、うまい表現ですね~、MIXすると良い味になるが具が溶け合うわけではないとか。
たまたま最近、多民族共生に関連して某ブログに投稿した内容をご紹介しておきますw
http://y-sonoda.asablo.jp/blog/2009/08/16/4520456
http://y-sonoda.asablo.jp/blog/2009/08/16/4518637#c
September 2nd, 2009 at 9:09 am
>Blondyさん
>多民族共生といってもあまり混血が進んでいないところはSalad Bowlというようですが、うまい表現ですね~
ではマレーシアやシンガポールはSalad Bowlですね。
リンク先のご紹介ありがとうございました。 内容が濃すぎて知恵熱が出そうですが(笑)、
>人種まぜまぜを加速させる各種の政策勧告や奨励策が取られる
ってのはすごい話ですね。 現状、人種まぜまぜは進んでますが、奨励されている気は全くしません。
でも、「恒久的な平和と安定時代が訪れる可能性」とは明るいエンディングです。 私は1,000年後くらいには人類は自らの星地球を滅ぼしてしまうんじゃないかと思ってました(暗い・・・)。