シンガポールに来て以来、思っていたこと。 反論歓迎。
よく「中国人とインド人は起業家魂(Entrepreneurship)があるけど、日本人は・・・」のような言われ方をすることがありますが、私は人種・民族と起業家魂には全く相関性がないと思っています。
なぜなら中国人、インド人で溢れているのにも関わらず、Entrepreneurshipがない場所があるから。 それは、ここシンガポール。
シンガポールの産業構造は大きく分けて3層構造。
1. 多国籍企業のアジア・パシフィック本社
2. 政府系企業(Government Linked Company = GLCと呼ばれ、シンガポール航空、Singtelなどシンガポール主要産業の中枢を司る)
3. (主に中華系の)家族経営の中小企業
『300人待ちの幼稚園』に書いたように幼少期からの教育競争は熾烈ですが、言語の習得(英語と中国語)に非常に力点が置かれており、上記1.と2.(両方とも大企業)に職を得て成功することがよし、とされており、親が子どもに期待するのも「いい職につく」こと。
起業の形には、”Opportunity driven”(いわゆるベンチャー・ビジネス)と”Necessity driven”(海外で中華レストランを経営する中国人など、仕事がないから必要に迫られ自営するもの)に分けられますが、シンガポールはそのどちらも少ない、という点で日本と同じ。
雑誌MONOCLEの編集長であり、FT.comのコラムニストであるタイラー・ブリュレも最近のコラムでシンガポールについてこんな風に書いていました。
Singapore Inc needs a fresh coat of paint to encourage new business. Yes, the airport’s great, the roads are spotless and it all ticks over nicely – but corporate HQs in the city centre lack presence, the top hotels lag behind others in the region in terms of imagination and service, and there’s a missing layer that might encourage entrepreneurs to stay longer and dig deeper for opportunity.
シンガポール株式会社は新規事業を促進するため新しい風が必要だ。
そう、空港は素晴らしい、道路はチリひとつなく、すべてがうまく運ぶ。 – でも、企業の本社は存在感がなく、最高級ホテルもアジアの他国のホテルに比べて想像力とサービスに欠ける。 起業家に長く国に残って深堀りしようと思わせるような何かが欠けている。
また、渡辺千賀さんの『リスクをとる』というエントリーに
日本は
大企業=ローリスクハイリターン
ベンチャー=ハイリスクローリターン
よほど、「自分だけは違う」という強い信念がある人以外大企業(とか役所)に行きたくて当たり前。
一方、シリコンバレーは、
大企業=ミドルリスク・ミドルリターン
ベンチャー=ハイリスク・ハイリターン
とありました。
上記お2方には全く同感で、起業家魂はDNAに埋め込まれたものではなく自分の生まれ育った環境・強烈な経験から生まれるものだというのが私の持論です。
最近The EconomistでもEntrepreneurshipが特集されていました(↓)。
The Economist : The United States of Entrepreneurs、 Land of opportunity
なお、シンガポール政府もイノベーションの促進は国力増強に不可欠だと認識していて、種々の施策を行っています。 Entrepreneurshipを根付かせるためには『頭脳流出→還流』や『破壊的イノベーター国家?』で書いたように外から人材を誘致するだけでは不十分で、小学校教育から変える必要があると思いますが・・・
そんな試みの一環(?)なのか何なのかは全く定かではありませんが、シンガポール政府のMDA(Media Development Authority、メディア開発庁)の長官はじめ要職についている人が「ヨー、ヨー♪ オレらはクリエイティブだぜ、世界とつながるんだYO♪」と歌い踊るラップビデオを夫が発見。
ネクタイを締めた40代、50代の官僚が、音楽とちっとも合ってない素人丸出しのダンスとシングリッシュ(シンガポールなまりの英語)で歌うラップ歌詞がサイコー。
日本に例えると経済産業省長官以下の人たちが踊るイメージですかね。
がんばれ、シンガポール起業家魂!(笑)
March 23rd, 2009 at 3:38 pm
la dolce vitaさん、先日はありがとう御座いました。US帰国の時差ぼけでフラフラです。
で、このエントリー、非常によく分かります。「~人は○○」「xx人は△△」というのは、やはりある傾向(特に中国本土の教育に起因するもの)は多少あっても、全てを民族性に帰結するのは無理でしょう。先日も出張先で、「日本人のサラリーマンは上司が帰るまで残ってるんだろう?」と言われ、「はあ?俺は入社したその年に9連休の休み取ってたぞ。嫌な顔されたけどな。んなもん仕事がありゃ残るし帰るときは帰る」と説明したら、「お前は少数派だろう?」と言われ反論すること小一時間….。
以前、陳舜臣氏の著作で、「ある商社員は、『いやあ私は何百人もの中国人に会ったが、あれほど商売上手な連中を見たことがない』と言う。私に言わせれば、たまたま商売上手な中国人が何百人か商売をやっているに過ぎない」という話を載せていましたが、相当に同意できます。もし、中国人全員が商売上手なら、何で今でも貧困な農村があるのか、ついこの間まで都市部ですら貧困があったのかが説明できません(同様のことは、オーストラリア在住の賭博師である森巣博氏も語っています)。インド人の話もしかり、ですが、こういう話はどこにでも転がっています。EU統合時に言われた「天国EUチーム」対「地獄EUチーム」の話もそうですね。みんな好きなんでしょう、こういうネタが。
もし民族か国民で傾向があるとすれば、やはり教育のところでしょうか。これはお尋ねしたいところでもあるのですが、シンガポールの某半導体製造会社の日本人技師が、「シンガポール出身の技術者が使えない。とにかく指示が無いと全然ダメで、自分から仕事することができないんだな、これが」とこぼしていました。ここでも民族(なのかシンガポールは?)の括りが出てくるのですが、そう言ってしまって良いでしょうか?その問題部分に教育の問題がある、ということは無いのでしょうか?
March 24th, 2009 at 9:28 am
>ドイツ特派員さん
>私に言わせれば、たまたま商売上手な中国人が何百人か商売をやっているに過ぎない
その通りですねー 中国にいても先行き暗いと思い行動する人がシリコンバレーとか行くわけで、母集団が多いから多く見えるのだと思います。 彼らの間でネットワークを作り助け合う姿勢は見習うべきだと思いますが。
>シンガポール出身の技術者が使えない。とにかく指示が無いと全然ダメで、自分から仕事することができないんだな、これが
1人を例に一般化するのは危険だ、という前提の上で、シンガポール人の特性としてpassive(受け身)だとよく言われます。
このエントリー(↓)に書いたお国柄ジョークにも現れているのですが、
http://www.ladolcevita.jp/blog/global/2008/09/u.php
シンガポール人はすぐお上(政府)に文句を言います。 すると政府がちゃんと面倒を見てくれるのです。
「政府が何とかしてくれると思うこと自体、それだけ政府が信頼されているのだなー」、とちょっとうらやましく思いつつ、何でも面倒見てあげると自立心が育たないのは子育てと一緒なんだろう、と思っています。