震災後の人生棚卸し

日本から帰ってきたのに日本のことを書いていないのですが、関西は街を歩くと
1. 外国人観光客がほとんどいない!
2. 震災支援の募金活動が目につく
くらいで、ニュースさえ見なければ、ほとんどいつもと変わらず実に平和でした。
そして、今回の大震災で自分の人生の何を見直すべきなのか?ということをつらつらと考えていました。
1. 人
大地震の一報を聞いた直後、ほとんどの人は(当時やっていたことを放り出し)まず自分の家族、次いで大事な友人の安否確認に追われたのではないでしょうか?
連絡がつかなかった時間(ほんの数十分かもしれないし数日かかったかもしれないが)、何も手につかず、ただただ無事でいてくれることを祈っていた相手、その人たちこそがキャリア・財産・社会的地位よりも何よりも大切な人たちなのです。
私は自分の大事な人を毎日幸せにできない人は尊敬していないのですが(『文化の壁を超えるCM』で紹介したANA-読売新聞のCMのおじさんみたいな、笑)、今回の帰省ではいつものようにオフ会などで新しい人と出会うことを目的とせず、(息子にとって初日本だったので)家族や昔からの友人と過ごすことにしました。
実際は、長距離フライトが思った以上に大変で時差ボケに始まり時差ボケに終わった旅だったので、このくらいゆったりでよかったようです。


2. 場所
実家が朝日新聞を購読しているので滞在中は朝日新聞を読んでいたのですが、(福島含む)被災地の高齢者で「生まれてからずっとこの地に住み育ってきた。 この地を離れて他の地でやり直すなんてできない」という人が多くいるようです。
家族・家・仕事すべて失った人の気持ちは想像を絶しますが、私は過去15年、いろいろな場所を転々としてきたので、「地理的な場所・地点」と”Home”(自分が帰るところ)が結びつかなくなっています(→『Home Sweet Home』)。 ノマドな人たち(→『未来の歴史とノマドの時代』)には共通の感覚だと思います。
私たちは自分の故郷は持ちつつ(夫→メルボルン、私→奈良)、好き好んでこういう生き方をしているのでいいのですが、子どもには自分のorigin(日本人でありオーストラリア人)と異なっても「故郷」のような場所を持たせてあげた方がいいのかなー、とよく考えます。 あまり答えは出ていませんが・・・
シンガポールに住むスウェーデン人S(→こちらに登場)は、スウェーデンにサマーハウスを購入し毎年夏はサマーハウスで過ごしています。 「アジアで育っても子どもには”Home”を持って欲しいから」とのこと。 2軒目の家を持てる人に限ったうらやましい選択ですが、ひとつの方法ですね。
3. 持ち物
元々あまりモノに執着心がない私ですが、しばらく引っ越ししてないと(笑)家はモノで溢れかえり始め、賃貸派だったのに家まで買おうとしています(→『マイホームへの道 – 1』)。
家を失った人が探しに帰るのは写真やアルバムなど思い出の品ばかりなのに、こんなに持ち物ばかり増やしてどうするんだろうか?
我が家は旅行にかける予算が多いので、マイカーは持たない派、子どもの服はほとんどセカンドハンドですが、それでも見直せるところはたくさん。
大事なことにフォーカスする、やりたいことを先延ばしにしない・・・
すでにわかっていると思っていたことが行動を伴っていないことがわかった今回、こういうことでもないと行動が変わらない絶望感とわかってよかった気持ちが交差します。


3 responses to “震災後の人生棚卸し

  • sunshine

    ゴールデンウイークに関西に帰省していたついでに、奈良に観光に行ってたんです。
    関西は凄い黄砂だったけれど、初めて見る奈良の大仏や興福寺に息子は結構満足していました。
    奈良はいいところですよね!
    今回のコメントに息子さんの『故郷」を気にされているコメントがあるので
    我が家のパターンを。
    うちももちろん転勤族なので(息子が12歳の時に5カ所変わっています)どうしようかと
    考えていましたが、結論として、夫の実家を彼の故郷とすることにし、
    夫の父と4年間同居しました。4年間のうち最後は夫は一人で単身赴任していました。
    結果は、そうしてよかったと思っています。
    そこには、彼にとっては竹馬の友がいて、
    温かい目でみまもってくれる近所の人がいて
    大好きなおじいちゃんがいるのです。
    海外に住んでいて数年ぶりに帰ったときに夫の実家に入って
    息子は開口一番に「あーーsweet home やっと日本に帰った。」
    って言ってました。
    そして夫の実家で友人にあったり、しばらくしていると
    小さい頃の息子に戻るのです。
    彼が都会で生活する為につけていた鎧が全部はがれて
    小さい頃の可愛いくて、やんちゃで、いたずら好きで、おもろい子に戻るのです。
    いいですよ。

  • わくわく

    ロンドンのオフ会以来、とてもお久しぶりです。
    ブログはいつも楽しみに読ませていただいています。
    葉子さんと同じ時期に日本に一時帰国していました。私は成田発着便でした。
    友人たちからのメールで知ってはいましたが、成田に到着してすぐ、”変化”に気づきました。
    空港内は薄暗くて、荷物のターンテーブルは到着便のものしかまわっていませんでした。
    静かで薄暗い空港に、私はなんだかほっとしたものを感じました。
    使用されていないターンテーブルが回っている必要はないし、自然光で十分な時に
    電気の灯りも必要なく、今までいかに不必要な電気が使用されていたことかと思いました。
    首都圏を走る電車、駅、お店なども節電されていたものや場所が多かったです。
    東京は、私には明るすぎましたので、いつもよりも居心地のよさを感じました。
    街全体の雰囲気が少しやさしくなったような気もしました。
    被災地の特に高齢者の方たちの故郷に対する思いの強さ、そして、それ故に家族、家、街、故郷、
    コミュニティーなどを失った痛手の大きさを思っています。若い時には、私は自分はどこにでも
    住むことができると思っていましたし(正確には、Homeについて考えることすらなかった!)、
    場所に対する拘りがありませんでしたが、年々、故郷(私にとっては日本)への思いが強くなって
    いるのを感じています。
    少し前、ヨーロッパ出身の友人が、「子どもが帰省できる場所を作りたいから」と家を購入しました。
    家でも国でも”帰ることのできる場所”があるということは、とても大切なのだろうなと
    思っています。そして、”待っていてくれる人”がいるということが何より大切なのかも
    と思っています。

  • la dolce vita

    >sunshineさん
    >夫の実家で友人にあったり、しばらくしていると
    >小さい頃の息子に戻るのです。
    >彼が都会で生活する為につけていた鎧が全部はがれて
    >小さい頃の可愛いくて、やんちゃで、いたずら好きで、おもろい子に戻るのです。
    なーるほど、故郷という意味も含めたいわゆる「田舎」な場所なんでしょうね、うちの父の実家がそうでした。 近所の林にかぶとむしを取りに行ったり、庭にへびが出たり、盆踊りに村中が集まったり。
    うちは私(奈良)も夫(メルボルン)もファミリーが住む「郊外」という感じで、しかもロンドンから遠すぎるのがネックです。
    悩みます・・・
    >わくわくさん
    お久しぶりです!
    >年々、故郷(私にとっては日本)への思いが強くなって
    >いるのを感じています。
    あー、そうなんですか。 私はそういう感じでもないんですよね。
    帰るたびに「ずいぶん遠くまで来ちゃったなー」と、すでに育ったコミュニティーに属していない我が身を振り返ります。
    >ヨーロッパ出身の友人が、「子どもが帰省できる場所を作りたいから」と家を購入しました。
    夫がまさにそうです。
    私は「こうやって人は借金(ローン)を抱えるのか・・・」という冷めた感想を持っています(笑)。

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